1990年代に活躍したスーパーモデルにフォーカスした特集では、
パート1でリンダ・エヴァンジェリスタ、クリスティー・トゥーリントン、
ヘレーナ・クリステンセン、パート2で、シンディ・クロフォード、ヤスミン・ゴ―リ、エレン・ア―ヴィンをフィーチャーしてきましたが、
最終回のパート3で取り上げるのが、ナオミ・キャンベル、カレン・ミュルダー、クラウディア・シファーの3人。
この3人は奇しくも、セックス・トラフィッカー、ジェフリー・エプスティーンのスキャンダルで 違った形で名前が出た存在で、
彼女らが若く華やかだった時代には見えなかった、モデル界の裏側が垣間見れるストーリーが含まれています。
1970年5月22日にロンドンで生まれたナオミ・キャンベルは、父親が黒人のジャマイカ人、母親が中国系ジャマイカ人で、8歳の時にボブ・マーレーのミュージック・ビデオに出演。その5年後の
1983年にはカルチャー・クラブのヒット曲『I'll Tumble 4 Ya』でタップダンスを踊り、その後ロンドンでショッピングをしている最中、
モデルとしてスカウトされたナオミは、16歳の誕生日を迎える前にブリティッシュ・エル誌の表紙を飾っています。
そこからはスーパーモデルとしてのキャリアがどんどん花開き、様々なファッションショーや、雑誌の表紙、そしてジョージ・マイケルの「フリーダム90」のミュージック・ビデオ(以下動画)に
唯一の黒人スーパーモデルとして登場。しかしタイラ・バンクスなど後発の黒人モデルには冷たく接したことで知られ、
同時にアシスタントやメイドを携帯電話で殴ったり、走っている車から突き落とす等の暴力行為を働いた彼女は、1998年から2009年までに、計4回も傷害と暴行で有罪判決を受けています。
しかしキャリアは好調で、自伝的小説「スワン」を出版したり、シンガーとしてもアルバムを発売し、新たなモデルを発掘するリアリティTV「FACE」にもジャッジとして登場。
実の父親に会ったことが無い彼女は、デザイナーのアズディン・アライアやレコード・プロデューサーのクインシー・ジョーンズを父親のような存在と呼んで庇護を受け、
南アフリカ共和国の元大統領ネルソン・マンデラも、ナオミを孫娘と呼び、彼女に複数の栄誉を与えたほど。
私生活では、1993年にロックバンドU2のベーシスト、アダム・クレイトンと婚約し、翌年に破局。1995年には、レオナルド・ディカプリオと短い交際をし、1998年から2003年までは、
F1チームを率いるフラビオ・ブリアトーレと交際&婚約。2008年から2013年までは、ロシアの実業家でアマン・リゾートのオーナー、ウラディスラフ・ドロニンと交際。それ以外にもロバート・デ・ニーロ、ハッサン・ジャミール、ショーン・“ディディ”・コムズ、アッシャーとも短く交際しています。
1999年にはコカイン依存症でリハビリ入りした彼女は、その後も重度のアルコール依存症を克服するためのセラピーを受け、2012年頃にアルコールを絶つことに成功。
2021年には代理母で2人の子供を設けたことを発表しています。
様々なチャリティに熱心だったナオミですが、彼女が運営に関わた慈善団体が複数年に渡って不正行為、不適切管理をしていたことが
問題視されたのが2022年。特に「Fashion for Relief」は寄せられた寄付のうちの僅か8.5%しか支援金として支払っておらず、寄付の殆どが
エグゼクティブへの給与や、ナオミの5つ星ホテルの滞在費、スパ・トリートメント、警備費用、ルームサービス、タバコ代に消えていたとのこと。
さらにナオミは、自らのチャリティがユニセフとの提携事業であるという虚偽を謳って寄付を集めたことでも問題視されるなど、チャリティ絡みでは黒い噂が絶えず、
2024年9月には英国内で5年間の慈善活動を禁止する処分を受けたほど。
でもナオミにとって近年最大の物議は、セックストラフィッカー、ジェフリー・エプスタインとの交友関係。ナオミはエプスティーン、及びエプスティーン・マダムと呼ばれた共犯者、
ギレーン・マックスウェルと共に何枚もの写真に一緒に収まる親しい関係。ナオミは元交際相手のフラビオ・ブリアトーレの紹介でエプスタインと出会ったとのことで、今となっては
エプスティーンのセックス・トラフィッキングを強烈に批判。
しかし、ファッション業界に全くコネクションが無かったエプスティーンが、パリコレ期間中の様々なデザイナーのパーティーに出席出来たのは、ナオミのゲストとして招待客リストに名前が入っていたため。
またナオミの存在はモデル志願の少女達がエプスティーンを信じて、性的虐待を受け入れざるを得ない要因にもなっていたとのこと。
2025年8月に米国司法省がギレーン・マックスウェルに対して行った聴取の記録によれば、ナオミは「ロリータ・アイランド」の異名を取る、エプスティーンのプライベート・アイランドに
ゲストとして訪れていたようで、別名「ロリータ・エクスプレス」と呼ばれた
エプスティーンのプライベート・ジェットには何度も搭乗。遠出の際の足替わりに使用していた記録が残されており、
彼女の存在がエプスティーンにとって有益だったことが証明されています。
1970年8月25日にドイツで生まれたクラウディア・シファーは、大衆ブランド、Guessのジーンズのモデルとしてブレークしたものの、
程無くカール・ラガーフェルドの一番のお気に入りになり、Guessのモデルを続けながら、シャネルのランウェイや広告にも登場していたという異質な存在。
Guessで撮影されたモノクロのスナップが、ブリジッド・バルドーの若かりし頃に似ていたことから、その後は意識的に
彼女に似せたメークや髪型での撮影が増え、バルドー同様、ブロンドのセックス・シンボル的な売り出しで成功を収めています。
ランウェイの歩き方が「アヒルのよう」と批判されたこともありましたが、「あのルックスなら完璧に歩く必要などない」とカール・ラガーフェルドが擁護したのは有名なエピソード。
1990年代後半から映画出演のオーディションを積極的に受けるようになり、何本かの映画に出演した彼女は、2002年にナイトの称号を持つ英国人映画監督兼プロデューサーで、
「Xメン/ファーストクラス」や映画「キングスマン」シリーズを手掛けるマシュー・ヴァーンと結婚。
子供は作らず、彼女は引退せずに、スーパーモデル・ブームが去ってからもモデル活動を続ける傍ら、時折夫のビジネスに加担して共同プロデュースを行っています。
1994年から1999年まではエプスティーン・ファイルで頻繁に名前が挙がったマジシャンのデヴィッド・カパーフィールドと交際し、一時は婚約していましたが、
彼がクラウディアにプロポーズをしたと言われるプライベート・アイランドは、今となっては エプスティーンが所有し、セックス・トラフィッキングの舞台となっていたロリータ・アイランドだったのでは?との疑惑も聞かれています。
1970年6月1日にオランダで生まれたカレンは今年56歳を迎えますが、15歳の時にエリート・モデルが開催するルック・オブ・ジ・イヤー・コンテストで2位となったのがきっかけでエリート・パリに所属。
1988年には18歳にして、フランス人フォトグラファー、レネー・ボスネと結婚、2人は1993年のカレンのキャリア・ピークが始まった頃に離婚。
それ以降の彼女は、ヴェルサーチ、サンローラン、シャネル、アルマーニなどのランウェイや広告に登場。ヴォーグやエル等のファッション誌のカバーを飾るなど、
当時にして1日約130万円以上を稼ぐ超売れっ子モデル。アメリカの玩具メーカーもカレン・マルダー・ドールを発売したほど。
やがて2000年にモデルを正式引退。翌年にはフランス映画、『A Theft, One Night』に出演。2002年にはシングル『I Am What I Am』で歌手としてデビューしましたが、
その間の2001年10月にカレンはフランスのTV番組のインタビューで、「自分は2歳の頃から家族の友人にレイプされ、その後も警察官、政治家、
所属していたエリート・モデルの幹部、モナコのアルベール2世など、様々な人物からレイプの被害を受けた」と告白。しかし、当時は#Metooムーブメントが起こる前で、
女優やモデルへのセクハラは社会が黙認状態。ジェフリー・エプスティーンがセックス・トラフィッキングを大々的に行っていたこともあり、セックス・スキャンダルが簡単に握り潰される時代。
そのためTV局はカレンの主張不安定な精神状態からの妄想と判断して、番組放映を中止。
彼女の両親までもが「精神錯乱は薬物乱用と摂食障害が原因」と証言したことから、カレンはその後5ヵ月間に渡って精神医療施設に強制入院させられルています。
その入院費用を支払ったのは、パリのエリート・モデル社長でリンダ・エヴァンジェリスタの元夫、そしてカレン自身が性加害を訴えていたジェラルド・マリーで、
カレンの両親に強制入院の合意をさせたのも彼。Part1 でもお伝えした通り、彼は後に他の複数のモデル達からレイプと性加害で訴えられていた人物。
退院後のカレンは、再び施設行きになるのを恐れて、「エリート幹部や政治家、モナコの王子からレイプされたと証言したのは、幼少期の性的虐待で受けた精神障害の影響」と語り、被害証言を撤回。
しかしその後もうつ病に苦しんだ彼女は、2002年12月には睡眠薬の過剰摂取で昏睡状態に陥り、アパートの床に倒れている彼女を近隣住人が発見して一命を取り止める事態が発生。
当時これは自殺未遂と見られていましたが、遺書は残されておらず、この頃はアメリカのエリート・モデルズの社長、ジョン・カサブランカが
会社を売却し、モデルへの性加害の容疑を逃れるためブラジルに移住するなど、エリートが会社ぐるみで行っていたセックス・トラフィッキングが問題視され始めた時期。
そのため裏で暗躍する力が彼女の口封じに動いたという噂も流れて居たのだった。
その後もカレンは2009年7月に整形外科医に脅迫的な留守番電話メッセージを残したとして、パリで逮捕され、彼女を精神錯乱者と思わせるエピソードが度々起こっていましたが、
エプスティーン・スキャンダルが多くの人々に知られるようになったことで、彼女がかつて語っていた政治家、エリート幹部、モナコのプリンスにレイプされたという被害が
事実であったと 社会がようやく認め始めたのが昨今。
特にエプスティーン・ファイルが公開されるにつれて、エリート・エージェンシー、トランプ氏、エプスティーンの深い関係がどんどん明らかになり、
カレンがスーパーモデルとしてもてはやされながらも、組織的な性加害の被害者だった様子が明確になっています。


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