90年代のスーパーモデル達の全盛期とその後のルックスを比較しながら、彼女らのその後の道のりにフォーカスする
特集のパ―ト2では、
リンダ・エヴァンジェリスタ、クリスティー・トゥーリントン、ヘレーナ・クリステンセンを取り上げたパート1に続いて、
シンディ・クロフォード、ヤスミン・ゴ―リ、エレン・ア―ヴィンにスポットを当てています。
今回も、抜群の美貌と築かれた名声や財産があっても、必ずしも絵にかいたような幸せな人生が送れる訳ではない内容ですが、
同時に時代の流れやその中で生きて来た彼女達の様々な側面が感じられるかと思います。
今年で60歳を迎えたシンディ・クロフォードは、少し前に自らのSNSで朝のウェルネス・ルーティーンを公開して物議を醸しましたが、
彼女は1988年にスーパーモデルとして一早くプレイボーイ誌に登場。10年後の1998年にも再びプレイボーイ誌でヌードを公開していますが、
ヴィクトリアズ・シークレットのカタログやランウェイとは無縁だった存在。
シンディは、今も伝説となっているペプシのスーパーボールCMや、『MTVハウス・オブ・スタイル』のホスト、
発売したエクササイズビデオの大ヒット等で、ファッション以外の分野で最も影響力が大きかったスーパーモデル。
全盛期には著明フォトグラファー、ハーブ・リッツの紹介で知り合った俳優のリチャード・ギアと交際の末、彼女が無理やり押し切った形で結婚。
ギアと親しかった当時のディズニー副社長、後にドリームワークス社長となるジェフリー・カッツェンバーグがチャーターした
プライベート・ジェットで即日婚が可能なヴェガスに飛んで、ショットガン・ウェディングをしています。
シンディは夫のギアと3回オスカーに出席。映画『フェア・ゲーム』の主演で女優業もトライしましたが、演技は酷評され、興行成績も惨憺たる結果。
それでもヴォーグ誌は同誌史上、初の男女カップル・カバーとして1992年11月号に2人をフィーチャー。
翌年、ピープル誌も毎年恒例の「セクシエスト・マン・アライブ」の特集も、過去に1度だけの例外で「セクシエスト・カップル・アライブ」として
2人をフィーチャー。
しかし子供を欲しがらない夫に不満を感じたシンディは離婚し、友人の紹介で出会った現在の夫、ランディ・ガーバーと結婚。
セレモニーはビーチで行われ、シンディが着用したミニ丈のウェディング・ドレスはジョン・ガリアーノのカスタム・メイド。
ジョージ・クルーニーの親友であるランディは、彼とスタートしたテキーラ・ブランドを大手リカー会社に10億ドルで売却して多額の利益を得ています。
その後シンディはプレスリー、カイアという美男・美女の2児を設け、どちらもモデルとして活動を始めましたが、やがてプレスリーは
精神を病んでしまい、そのハンサムな顔の頬に “misunderstood”(誤解されている)とタトゥーを入れて、メディアを騒がせています。
プレスリーは後にそれをレーザーで除去しましたが、2023年のインタビューでは 鎮痛剤の中毒に陥り、精神が錯乱していたことを自ら告白。
カイアはキャリアこそ順調だったものの、ケート・ベッキンセールやキム・カーダシアン、アリアナ・グランデ等の著名ガールフレンドで知られるコメディアンで
ドラッグ常用癖があるピート・デヴィッドソンと交際を始め、
時折錯乱するの彼のNYのアパートで同棲を始めたことから、カイアを連れ戻すためにシンディとランディがLAからNYにやって来た様子はメディアが報じたほど。
セレブリティの富豪夫妻にとっても、子育てが難しい様子を露呈していました。
1971年3月23日生まれ、今年55歳。カナダのモントリオールで、ドイツ人の母、インド人の父親の間に生まれ、
南アジアの血が入ったモデルとして史上初めてアメリカン・ヴォーグ誌のカバーを飾った存在。
ハッキリした美しい顔立ち、広めの肩幅とのコントラストで引き立つ細いウエストで知られた彼女は、プライベートをキャリアときっぱり切り離すことで知られ、
ファッション・ショーのアフター・パーティー以外のプライベート・スナップ、イベント・スナップは皆無と言えるレベル。
そのドライで合理的な性格から、モデル時代には「性格がキツイ」という印象を与えがちだったようですが、
スター・ヘアドレッサーのオリベは彼女の大ファンだったとのこと。
1997年には引退宣言をし、翌年にはモデル業からきっぱり身を引いたヤスミンですが、
引退を決意した理由の1つと言われるのは、当時モデル界では ケイト・モスに代表される ”ウェイフ”ブームが起こり、
薄い顔、「ヘロイン・シック」とも言われた不健康な弱々しさがもてはやされ、彼女の魅力とは正反対のルックスがトレンディングになったため。
実際にこの頃は多くのスーパーモデルが眉を極端に細くし、体重を落とし、不健康に色白だった時代。
引退後のヤスミンは、それまで交際していた弁護士のラルフ・バーンスタインと結婚し、NY郊外のベッドフォードの邸宅で新婚生活をスタート。
直ぐに妊娠した彼女ですが、妊娠中もショート丈のドレスを颯爽と着こなし、マンハッタンの高級デパート、バーグドルフ・グッドマンでショッピングをする様子が目撃されるなど、
豊かに暮らしていた様子。夫との間には男女各1人の2児を設け、子供達は既に成人。息子のヴィクターは現在映画製作を手掛けています。
ちなみに2023年のスナップはNYのアウトドア・カフェで撮影され、この時彼女と一緒にコーヒーを楽しんでいたのは、マンハッタンのダウンタウンに住むヘレーナ・クリステンセンでした。
1969年8月16日生まれのエレインは、16歳でモデル活動を始め、『コスモポリタン』『グラマー』『ヴォーグ』等、数多くのファッション誌の表紙を飾り、
ラルフ・ローレンやカルバン・クラインの広告、ヴィクトリアズ・シークレットのキャンペーンにも登場。美しいブロンド・ヘアのクール・ビューティーとして知られ
1989年にニュー・オーダーの「Round & Round」のミュージックビデオに出演。1991年にはジョン・メレンキャンプの「Get A Leg Up」のビデオ(下の動画)に出演し、
彼のアルバムのカバーを飾ったのをきっかけに2人は交際をスタート。出会って10カ月目に婚約し、1992年に結婚。2010に離婚を申請するまでの18年間、
夫婦生活を続けています。その間、度重なるジョンのドラッグの問題を妻として支え続けたのがエレイン。
ミュージック・ビデオの中では、エレインのサテンのドレスが滑り落ちて、ジョンだけに見える形で彼女の胸が露出するシーンがあり、
多くの人々にとってその様子が エレインがジョンを落とす目的でわざと行ったように見えたことから、ジョンの周囲には彼女との結婚に反対する声もあったとのこと。
しかしドラッグの問題を抱えていたジョンに献身的に寄り添ったことで エレインは良き妻としての評判を確立しています。
婚姻中はエレイン・アーウィン・メレンキャンプ(Elaine Irwin-Mellencamp)を名乗っていましたが、
2010年の離婚の2年後には、大手出版メディアを経営する富豪、ジェイ・ペンスキーと再婚。子供を1人設け、現在は家族でカリフォルニア在住。母親業をこなしながら、
時折モデルの仕事をする生活を送っているとのこと。
エレインと別れたジョン・メレンキャンプは、その直後の2011年から女優のメグ・ライアンと交際をスタート。2018年には婚約しましたが、翌年には別れており、
理由はジョンが「もう結婚はしたくない」という強い意志を持っていたためと言われます。


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