Nov 6 〜 Nov 12 2023
人生大逆転, 水が戦争の武器, 馬鹿電話の時代!?, Etc.
今週のアメリカは、火曜日がエレクション・デイ、すなわち選挙。来年の大統領選挙ではバイデン大統領の劣勢が伝えられる中、ほぼ圧勝を収めたのが民主党。
インフレ、移民問題、治安といった主要な争点で優位に立っていた共和党が敗れた理由は、共和党が進める人工妊娠中絶の厳しい取り締まりに民主党がフォーカスし、
女性票、若年層の票を集めたため。
2024年も 「共和党が人工中絶取り締まりを謳う限りは、上下院の議員選挙では勝てない」という見方が圧倒的で、
女性にとって妊娠中絶の厳しい取り締まりは自由やキャリアを奪われること、若い男性にとってはカジュアルな恋愛が難しいこと。
更に子供を設けたいと考える女性にとっても、人工中絶撲滅圧力によって産婦人科の閉鎖が相次いだ結果、共和党支持者が多いレッド・ステーツでは
100キロ以上車で走っても産婦人科医が無いエリアが急増していることは、安全な出産を妨げる大問題となっているのだった。
今回の選挙で、民主党にとって明るいニュースになっていたのは、トランプ支持者が極めて多いケンタッキー州で、民主党若手、アンディ・べシェアー(写真上、左上)が二期連続で州知事に当選したこと。
ルックスが良く、45歳という若さ、しかもレッド・ステーツの有権者にアピールすることから、民主党内で囁かれ始めたのが「彼を副大統領候補にするべき」という声。
彼の勝利をメインストリーム・メディアが大きく報じたこともあり、今週は彼に関するグーグル検索数が急上昇。
瞬く間に民主党の若手ホープに躍り出ているのだった。
セントラル・パーク5から市議会議員へ、大逆転の人生
今週のNYの選挙で、「Stunning reversal of fortune/劇的な運命の逆転」と言われる勝利を収めたのが、ハーレム地区のNY市議会議員に当選した民主党のユセフ・サラーム。
彼はティーンエイジャーだった1989年に、セントラル・パークで起こった白人女性レイプ事件の容疑者5人のうちの1人で、かつては”セントラル・パーク・ファイブ”と呼ばれた存在。
夜間にジョギング中だった女性をレンガで殴った上にレイプに及ぶという残虐な犯行に世論が驚愕し、逮捕を焦る警察、メディアや身内にまで犯人と決めつけられ、
警察が描いたストーリー通りに自白を強要された結果、事件当夜にセントラル・パークに居たというだけで 証拠無しで有罪になってしまったのが”セントラル・パーク・ファイブ”。
当時、トランプ前大統領がNYタイムズ紙に掲載した「死刑制度を復活させて、5人に裁きをもたらせ!」という全面広告が世論の怒りを煽った結果、通常のレイプより重い刑を受けたのは有名なストーリー。
しかし真犯人はたった1人。しかも別件で逮捕された真犯人が刑務所内で事件の自慢をしていたことから真相が明らかになったというお粗末ぶりで、
2002年にセントラル・パーク5の無罪を裁判所が認めるまで、NY市警察による威信をかけた妨害工作が行われたのは 事件のドキュメンタリーにも描かれていたこと。
トランプ氏はそのドキュメンタリー映画が公開された大統領任期中の2019年、事件へのコメントをメディアに求められた際、
謝罪の意を見せなかったのはもちろん、「有罪を認めた自分達が悪い」と彼らを攻める姿勢を貫いたことが報じられているのだった。
無罪が認められてからの5人の名称は”セントラル・パーク・ファイブ” から ”Exonerated 5 (無罪になった5人)”に変更され、やがて彼らはNY市を相手取った裁判で 4100万ドルの賠償金を獲得。
ようやくそれぞれの人生を歩み始め、そのうち3人は 程無く高校卒業資格を取得。中でもユセフ・サラームは文筆の才能と正義感溢れるキャラクターを生かして、報道倫理と偏見、警察の不正行為、
刑事司法制度に見られる有色人種への格差についての執筆、講演活動を続け、教育者としても活動。レイプ事件当時14歳だった彼は、現在48歳になっているのだった。
一時はNYを離れ、ジョージア州で暮らしていたサラームであるものの、2021年に政界進出を決心。出馬準備に取り組んだのが自らが生まれ育ったNYのハーレム。
選挙演説中にも、トランプ氏の意見広告に言及したサラームは、その広告にフィーチャーされた「死刑を取り戻し、裁きをもたらせ」のメッセージを、
「正義と公平を取り戻し、ハーレムに明るい未来をもたらそう」というメッセージに置き換えたキャンペーンを展開。63%の投票率を獲得する圧勝を収めているのだった。
2022年には、セントラル・パークが ”Exonerated 5”に敬意を表して、その北端の入口を 「Gate of Exonerated / 無罪の門」とネーミングしており、
そのゲートは 小さいながらもセントラル・パークとハーレムを繋ぐ 象徴的な存在になっているのだった。
水が戦争の武器に!?
今週でイスラエルVS.ハマス戦争に突入してから1ヵ月が経過し、ガザ地区では1万人のパレスチナ人がイスラエル軍の爆撃によって死亡したと発表されたけれど、
この戦争は環境運動家の間では、「水が兵器として使用された初の戦争」として物議を醸しているもの。
ガザ地区への水の供給は海水を淡水化する2つのプラントとイスラエルからの3本の水道パイプラインによって行われているけれど、
ハマスの武装集団が10月7日にイスラエル南部を襲い、約1400人を殺害し、200人以上を人質に取った事態を受けて、イスラエル政府がまず行ったのが ガザ地区への電力と給水のシャットアウト。
しかしその後、給水に関しては3本のパイプラインのうちの2本の閉鎖が解除され、1日当たり2,850万リットルを供給する体制が維持されているとのこと。
OCHA (国連人道問題調整庁)によれば、海水を淡水化する2つのプラントのうちの1つは 燃料不足により完全に停止状態。もう1つは最低レベルでの稼働。
そのためガザ市民は、通常ならロバにも飲ませないような劣悪クォリティの水を子供達に飲ませなければならず、しかもその水は海水の塩分が抜けて居ないために塩辛いという。
ガザでは汚染された水を飲んで、頭痛や腹痛を訴える子供達が多く、爆撃による怪我や飢餓状態と重なって悲惨な状況。
また身体の洗浄や洗濯、清掃のための水も不足していることから、トイレは日に日に汚くなり、最後には使えなくなるようで、病院施設の半径500メートル以内で使えるトイレは無くなりつつあるという。
ゴミ収集作業員たちは路上に出るのを恐れてゴミを放置し、ガザ市民はゴミの山の中から、僅かな食材を調理するために燃やす物を探す毎日で、衛生環境は最悪レべルになっているのだった。
そのガザでは、230万人の住民のうちの70%が家を追われ、その多くが身を寄せているのが 学校施設で国連が運営する避難所。
しかし避難所でも汚染と悪臭が激しく、日中はその匂いに耐えられずに外に出る人々が多いようで、
人道支援スタッフさえも悲鳴を上げているのが、水という戦争兵器がもたらした被害。
これが続けはガザ地区のパレスチナ人は爆撃で命を落とすか、水不足がもたらす健康上、衛生上の問題で命を落とすかの二択を迫られる状況。
しかしイスラエル軍当局者は、「ガザ住民に利用出来る水やその他の物資は十分にある」と主張し、人道的なガイドラインは守られている立場を崩さないのだった。
現在、世界的に急増しているのが水道水が飲めない地域や深刻な水不足に見舞われる地域。
ガザ地区は、極めてユニークなジオポリティカル・ロケーションではあるとは言え、イスラエルによって水が戦争の武器として使われたことは、環境専門家の間ではショッキングに受け取られている事態。
そんな中、今週金曜からスタートしたのが、ガザの住人を安全に避難させるため毎日4時間のイスラエル軍による攻撃停止。
しかしネタニヤフ首相は、ハマス粉砕後のガザ地区で「イスラエルが無期限に安全保障責任を担う」として、ガザを再占領する意向を発表。
それに対してバイデン大統領は、「ハマス排除後のガザの将来はパレスチナ人の手に委ねるべき」という反対意見を示しており、例え軍事攻撃が一段落しても、
イスラエルVSパレスチナ問題が解決に向かう訳ではないこと確信させていたのだった。
馬鹿電話がトレンディング!?
ラッパーのケンドリック・ラマーのクリエイティブ・エージェンシーが11月2日に発売し、その日のうちに完売したのが ”Light phone / ライトフォン”。
このネーミングは単純な軽い機能しか持たないという意味で、写真上左のメニューにある通り、その機能は
電話、アラーム、言語、音楽、ノートという極めてベーシックなもの。こうしたシンプルな携帯電話は、これまでにも高齢者をメイン・ターゲットに開発されており、
スマートフォンの対義語に当たる ”Dumb Phone(ダムフォン)/馬鹿電話”と呼ばれ、安価で販売されてきたのだった。
しかしライトフォンを競って購入したのは、今までケンドリック・ラマーの楽曲をスマートフォンで聴いてきた若い世代。
昨今、ジェネレーションZを中心に顕著になってきたのが、スマートフォンの中毒性を嫌って、
電話とテキスト・メッセージの機能しか持たないダムフォンに切り換える傾向。
それによって「精神が安定した」、「時間にゆとりが生まれた」、「人間らしいコミュニケーションが出来るようになった」と語っているのがデジタル・ネイティブのジェンZ。
彼らがダムフォンを選ぶ理由はもう1つあって、それはスマートフォンのアプリによって個人情報が盗まれることを真剣に危惧し始めたため。
スマートフォンはアプリのインストールで無限に機能が広がる一方で、そのアプリを通じてアドレスブックの中身、通信記録やブラウズ履歴、位置情報等、ありとあらゆる個人情報を提供しているのは周知の事実。
そしてアップル、アマゾン、グーグルといったIT大手では、ユーザーの顔、消費傾向、医療情報、生活パターンといった個人情報をIDと一致させたデータベースが着々と作られており、
つい最近アマゾンがプライム・メンバーに10ドルのボーナスと引き換えに登録を求めたのが手相。
それによってホールフーズ、アマゾンGoといったストアで、手のひらをかざすだけでチェックアウトが出来るようになるけれど、
ハイテク専門家はこぞって「多少の手間を省くよりも、個人情報を守るように」と警告しているのだった。
世の中には「個人情報が知られたところで、別に被害はない」と考える人は決して少なくないけれど、
時代は既にジェネレーティブAIを使えば、あっという間にディープ・フェイク・ビデオが安価にクリエイト出来る時代。
プーチン大統領は、既に2024年の大統領選挙をディープ・フェイク・ビデオで攪乱することを狙っていると言われるけれど、
今やディープ・フェイクは写真も、画像も見破るのが不可能なクォリティ。
当然、防犯カメラ映像もディープ・フェイクで製作し、ハッキングによってその映像をセキュリティ・システムに送り込むことも可能な訳で、
そうなればFBIのプロファイリングを学習したAIが、ライフスタイル&パーソナリティ分析で選び出した無実の人間を犯罪者に仕立て上げることはいとも簡単。
「インターネット上で身に覚えのない過去が拡散され、その詳細が自分の経歴や人間関係に沿っているので 否定しても信じて貰えない」といったトラブルは10年後ではなく、2年後には起こっていると見込まれるのだった。
既にディープ・フェイク・ポルノのウェブサイトにはドナルド・トランプからヒラリー・クリントンまでが登場しているけれど、
これからの世の中でディープ・フェイクのターゲットになって行くと言われるのは一般人で、既にその専門ウェブサイトも登場しているほど。
ちなみに現代人が最も個人情報をさらしているのはソーシャル・メディアよりもマッチング・アプリ。体型や顔を複数のアングルから捉えた写真に加えて年収、性格、趣味、好みなど、
様々な情報が掲載されていることから、FBIやCIAの捜査にも使われて久しいとのこと。
要するに若い世代がダムフォンを使用するのは、精神衛生上だけでなく、プライバシーとIDを守るためにも正しい行動と言える訳で、
テクノロジーが進化するということは、以前なら「まさか」と思うようなことが 良くも、悪くも実現することを意味するのだった。
執筆者プロフィール 秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。 |
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