Apr. 11 〜 Apr. 17, 2022
犯罪悪化の背景, ツイッター買収劇の意外な敗者!?, ETC.
今週のアメリカでは3月の消費者物価指数が発表され、それによれば3月は昨年同月に比べてインフレ率が8.5%上昇。これは過去40年で最大の上昇率。
一方、今週で7週目を迎えるウクライナ情勢は一向に収まる気配が無く、中にはこの状況が1年続くという声も聞かれるほど。
木曜には黒海に浮かぶロシア軍のフラッグシップが撃沈され、ロシアはこれを事故と発表したものの、ウクライナはこれがウクライナ軍の攻撃によるものと発表。金曜にはアメリカの情報局が少なくとも
一撃がウクライナ軍によるものであることを確認しているのだった。
そんな中、先週から顕著になっているのが一度はウクライナからポーランド等の国外に逃れたウクライナ国民の母国へのカムバック。
戦況が落ち着いているリヴィウでは先週の段階でカムバックする国民の数が 国外に逃れる人々の数を上回りつつあることが報じられていたけれど、
私のウクライナ人の友人によれば、アメリカを含む複数の国々はウクライナからの移民受け入れに表向きにはオープンであるものの、アメリカのVISA申請には10ヵ月前後を要するケースも少なくないとのこと。
また友人の親戚を含む多くのウクライナ国民が避難したポーランドでは 全く仕事が無く、受け取れる援助も微々たるものだそうで、
そもそも愛国心が強いウクライナ国民は そんな不自由な生活よりも 戦況が安定した母国に戻り、残してきた家族との再会を希望しているとのことなのだった。
暴力と犯罪悪化の背景にあるのは…
今週NYで最大の報道になったのは、火曜日午前8時半のラッシュ時に ブルックリンの地下鉄Nトレイン内で起こった発煙弾を使用した発砲事件。1人の重傷者を含む10人が銃弾を受け、
妊婦1人を含む20人以上の怪我人が出たこの事件は、走行中の車内でガスマスクを付けた容疑者が発煙弾を使用し、途中で銃弾が詰まるトラブルに見舞われるまで
約36発を無差別に発砲。煙に巻かれてパニック状態になった乗客は 36thストリートの駅で扉が開いた途端にプラットフォームに逃げ出し、撃たれた乗客も他の乗客達によって
ホームに運び出されたものの、容疑者はドサクサに紛れて逃走。
しかしその日のうちにNY市警察によって重要参考人として指名手配されたのがウィスコンシン在住で、事件間際にフィラデルフィアでレンタルしたバンを運転してNY入りしたフランク・ジェームス(62歳)。
NYの地下鉄を運営するMTAはブルックリンだけで600台、地下鉄システム全体で1万台の防犯カメラを設置しているものの、ジェームスの画像入手が遅れたのは
36thストリートのカメラが稼働していなかったため。しかし彼の行動が洗い出されてからは、別の駅や路上でのジェームスの映像が公開され、フェイス・レコグニション・システムによって
明らかになったのがNY、フィラデルフィア、ウィスコンシンで前科があるジェームスの身元。程なく 彼がソーシャル・メディアに
犯行予告とも言えるヘイトスピーチの画像をアップしていたことも明らかになっているのだった。
彼の逮捕は事件翌日で、複数の目撃者が通報したのもさることながら、ジェームス本人も「警察が探しているフランク・ジェームスは自分だ」と自ら警察に通報。
特に抵抗することも無く逮捕されたジェームスは、極めて計画的に犯行に及んでいることから テロ犯罪者として訴追される見込み。今週私が事件について話した知人が驚いていたのが
ジェームスの62歳という年齢。実際に多くの人々が事件をニュースで知った時には、もっと若い容疑者による犯行を想像していたのだった。
さらに今週火曜日にニュージャージー州で起こったのが近年最悪と言われるロードレイジ(運転中の怒りによる犯行)。
これは容疑者であるヴィンセント・ジーンが運転するSUVが 23歳の女性が運転する車に接触する事故を起こし、彼がそれを無視して走り去ろうとした際に
女性が車から出て行っていたのが被害の写真撮影。その様子を見て腹を立てたジーンは、走って逃げる女性をSUVで跳ねただけでなく、さらに2回引き返して、合計3回も跳ねて大怪我を負わせているのだった。
自分の非が原因の些細なことで 殺意を感じさせる怒りを剥き出しにしたヴィンセント・ジーンは56歳。(写真下左の枠内)
また3月にはミッドタウンのMoMA(近代美術館)で、前日に起こした問題がきっかけでメンバーシップをキャンセルされたことに腹を立てたゲーリー・カバナ(写真上中央)が、
入口カウンターを飛び越えて、中に居たスタッフ2人をナイフで刺して逮捕されているけれど、彼の年齢は60歳。美術館のメンバーになるほどアート鑑賞を好む60歳が
ナイフ持参で翌日舞い戻り、金属探知機を避けて その脇のカウンターを飛び越えてスタッフを刺した事件は、本来犯罪とは無縁と思われる美術館さえ安全とは言えないことをニューヨーカーに実感させていたのだった。
人間は年を重ねたからといって精神的に成熟する訳ではないとは言え、これらはいずれも容疑者がリタイア前後の年齢で、被害者が20代の若さという
従来の犯罪パターンとは年齢層が逆転しているケース。
パンデミック以降は、これまでさほど暴力や犯罪に及ばなかった女性や高齢者が マスク着用義務を始めとする様々なことに腹を立てて
暴力的になった様子を見せて来たけれど、これは世の中全体が強暴になってきたことを意味しており、実際に増えているのが犯罪件数。
個人的にショッキングだったのは数週間前にマンハッタンのミッドタウンで起こった事件で、20代の女性(写真上右)がタクシーの乗ろうとしていた80代の女性に対して いきなり「Bitch!」と叫んで路上に突き飛ばし、死亡させたというもの。
この容疑者はロングアイランドの比較的裕福な家庭に生まれ、パーティー・プランナーを職業とし、婚約者も居た女性。事件が大きく報じられてからはスマートフォンの使用を止めて、両親にかくまわれていたというけれど、
見た目に普通な女性が 誰もが出歩く時間帯に 自分の怒りに任せて無差別な暴力に及ぶというのはこれまでには無かったケース。
こうした暴力と犯罪の悪化の背景にあるのは パンデミック、インフレ、戦争といった社会的モラルが低下する出来事が続いているためと指摘されるけれど、
結局のところ政府への怒り、メディアへの怒り、システムへの怒りを含む自分にとって気に入らないことへの怒りが日常化して、
それを抑えられない人々が増えているということ。
そんなメンタリティの社会に これまでに無いほどの数の銃が行き渡っているのが今のアメリカで、
自分の身を守るために銃を所持し、些細なことでそれを使用することによって 毎日のように発砲事件が起こる状況には歯止めが掛からないのだった。
まだまだ続くイーロン・マスクのツイッター買収ドラマ
4月4日月曜にツイッター株式9.1%の取得を発表し、筆頭株主になったイーロン・マスクが、その取締役に就任するはずだった先週日曜にそれを断り、
水曜夜に敵対的買収のオファーを行ったのは世界中で大きく報じられた通り。理由はマスクがツイッターの経営側に対する信頼を失い、
同社をプライベート企業にしない限り、彼が望む平等なソーシャル・メディア・プラットフォームは実現できないと考えたため。
マスクはツイッター株式の100%を1株54.2ドル、総額413.9億ドルでの買収をSEC(証券取引委員会)に申請。この価格はツイッターの今週の終値、45.08ドルに
20%のプレミアムがついたもので、イーロン・マスク曰く「Best & Final Offer」、すなわち交渉の余地が無いことを明言したオファー。
ツイッターは木曜午後に緊急取締役会を開いてこのオファーの検討に入ったけれど、価格が安過ぎるという理由で直ぐに反対を表明したのがツイッター株約5%を所有するサウジアラビアのプリンス、
アルワリード・ビン・タラル。
それ以前にマスクが買収に必要な資金をどう調達するかも疑問視されており、アナリストはマスクが最低でも150億ドルを外部から調達する必要があると見積もっているのだった。
世界長者番付のトップに君臨するマスクの個人資産は約2700億ドルで、そのうちの1700億ドルがテスラ株によるもの。
企業価値が現在17兆ドルのテスラでマスクが所有する株式は17%で、彼の残りの個人資産の大半はスペースXの株式によるもの。
しかし これらのうちイーロン・マスクにどの程度の売却が許されるかは不明で、もしテスラ株の売却で買収費用を賄おうとした場合、彼の持ち株比率が13%に下がり、
既に4月4日以降14%値を下げているテスラ株の更なる下落を招くのはほぼ必至。
テスラ株を担保にローンを受けようとしても、テスラはエグゼクティブに対して持ち株の25%以上を担保にすることを禁じている上に、マスクは既に担保ローンを使用済み。
マスクの敵対的買収のアドバイザーになっているモルガン・スタンレーのバランスシートではこの買収ローンは不可能。他の大手銀行と手を組んでマスクに資金を提供するというシナリオは、
その最大かつ最善の候補であるJPモルガン・チェースが、 マスクのテスラ株に関するツイートによる市場かく乱を訴える複数の訴訟に関わっているとあって不可能。
残された可能性はプライベート・エクイティ・ファームとのチームアップであったけれど、実際に金曜にツイッターが敵対的買収に対してポイズンピルで対抗すると表明した数時間後に
マスクがほのめかしたのがプライベート・エクイティ・ファーム、シルヴァー・レイクとのチームアップ。
シルヴァー・レイクはツイッターの取締役会のメンバーでもあり、過去にIT企業を買収によってプライベートにした経験もある存在。
マスクによる買収の犠牲者になるのは?
ちなみにポイズンピルとは敵対的買収者が一定割合以上の株式を取得しようとした場合に、他の既存株主が新たに発行する株式を有利な条件で取得できる「新株予約権」を割り当てること。
ツイッターのケースではマスクが同社株式の15%を取得した段階でこれが発動され、その結果マスクが用意した以上の資金を買収に当てなければならない状況をクリエイトするのがポイズンピル。
ツイッターはポイズンピルを発動しても、マスクの買収オファーを検討する姿勢を見せているけれど、この段階でツイッターが望んでいるのが ”ホワイトナイト”。
これはマスクより好条件で友好的に買収をしてくれる白馬の騎士ならぬ救世主。既に大手IT企業、及び大手プライベート・エクイティ・ファームがホワイトナイトになるために動いていると言われるけれど、
今週のツイッター買収劇は、M&Aのテキストブックのような展開で、必要用語や手法が実例で学べる恰好の教材。
そしてまだまだこの先、二転三転することが見込まれるのだった。
この買収劇のお陰で、イーロン・マスクはビジネス界だけでなく、セレブも含めた過去30日間のソーシャル・メディアのQチャートと呼ばれる注目度ランキングで、
ダントツのNo.1を記録しているとのこと。ツイッター上では、8000万人のフォロワーを持つマスクであるけれど、
彼を崇めているのはツイッター株主よりも、過去2年間に大儲けをさせてもらったテスラ株主。そのテスラ株主はこの買収を嫌っているけれど、
逆に大歓迎しているのはツイッターによるセンサーを嫌う保守右派。
マスクによる買収のニュースが流れてからというもの、共和党議員や支持者による 「これでツイッターに永久追放されたトランプ前大統領が復帰できる」という
という声で溢れていたけれど、そのトランプ氏本人は今週「例えマスクがオーナーになって追放処分が解かれても、ツイッターには戻らない」と宣言。
それもそのはずで トランプ氏が今年スタートしたソーシャル・メディア・プラットフォームで、現時点で既に悲惨な大失敗ビジネスになっている”トゥルース・ソーシャル”は、
ツイッターで保守派がセンサーされているからこそ存在価値と存在理由が認められるもの。
これでトランプ氏がツイッターに戻ると言えば、ただでさえ問題続きですっかり信頼を失っているビジネスがいよいよ不要になってしまう訳で、
多くのメディアは マスクが買収を成功させることはトゥルース・ソーシャルの崩壊を意味すると指摘するのだった。
そのトゥルース・ソーシャルにはNASA、NFL、NASCARといった有名どころがアカウントを持っているように見えるものの、実際にはそのアカウントはトゥルース・ソーシャルが勝手にAIを使って運営しているだけのもの。
それが承認アカウントを装っていることが問題視されており、あのトランプ氏と相思相愛のFOXニュースさえもが、先月トゥルース・ソーシャルによって勝手に設けられたアカウントを承認しない意向を示したばかり。
今から16年前の2006年5月に開設されたツイッターに 新規プラットフォームが追い付くのは、テクノロジーもさることながら 企業や団体を含めたユーザーの獲得という点でも至難の業。
だからこそ近年ツイッターに対する不満をツイートし続けながら、新たなソーシャル・メディアの立ち上げをほのめかしていたイーロン・マスクでさえもが
ツイッター買収に乗り出しているのだった。
執筆者プロフィール 秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。 |
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