Mar. 7 〜 Mar. 13, 2022

"Info War, ESG, China Can't Help Russia!?"
激化する情報戦争、経済制裁とESG & 中国はロシアを救わない!?, ETC.


今週木曜に発表されたアメリカの消費者物価指数によれば、アメリカのインフレは過去12ヵ月で7.9%進んで40年ぶりの超高水準。この数字は2月末までのデータで ロシアのウクライナ侵攻によるガソリン価格の急騰を含んでいないもの。
同じく木曜に国勢調査局が発表したのが、トランプ政権下の2020年に行われた調査において1,880万人の黒人、ラテン系、先住民(アメリカン・インディアン)が過小にカウントされていた事実。 これまでにもマイノリティ人種が国勢調査で過小にカウントされ、白人層が過大にカウントされる傾向は顕著であったものの、ここまで大きな誤差が出た原因が決してミスではないのは容易に想像がつくところ。 アメリカの国勢調査は10年に1度行われるもので、不法移民も含めた正確な人口と人種構成を把握するために 調査対象のイミグレーション・ステータスを含めたプライバシーが 厳守されるルールで行われるのが原則。ところがトランプ政権は調査項目に市民権の有無を設けることを主張。 これが却下されたことから、国勢調査を監修する商務省に調査結果に手を加えるよう要請していたことは、今年1月に公開された当時の調査局のEメールによって明らかになったばかり。 既に2020年の調査結果を基に選挙区や選出議員数が改定されており、当然のことながら不利になったのはマイノリティ人種が多い都市部と、先住民の居住地区。 早い話が、実態とは無関係に共和党側に極めて有利な結果をもたらしたのが今回の国勢調査結果で、移民とマイノリティ差別が 前政権による国務においても行われていたことを意味しているのだった。
さらに木曜には過去99日ロックダウンが続いたメジャーリーグ・ベースボールの球団オーナーと選手組合がようやく合意に達し、4月7日から例年通り162試合の シーズン開幕が決定。その合意内容では2022年の選手最低年俸を70万ドルにすることに加え、 プレイオフを現在の10チームから12チームに増やす、全チーム指名打者制、ユニフォームやヘルメットに広告をつける等の新たな取り決めが含まれているのだった。



プロパガンダ戦争の犠牲


先週の段階で国営を除くラジオ、TV局を閉鎖したロシア政府であるけれど、その影響でロシア国内でのニーズが急速に高まったのがVPNサーバー(ユーザーの所在地を攪乱するサーバー)。 ロシアはそもそもVPNサーバーのユーザーが多かったけれど、今や若い世代を中心とした反プーチン派にとってVPNサーバーは必需品。 一方、今週ロシア国内で山火事のように広がったのが先週のこのコラムでも説明した”Z”の文字。 ”Z”をシンボルにプーチン支持者の結束が高まった様子は プロパガンダに長けたロシアの実力を見せつけたキャンペーン。
そんな今週ウクライナ国内の戦況と同様に益々激化したのが情報戦争で、ウクライナの産科病院がロシア軍に爆撃された際に避難する女性を捉えたアソシエート・プレスの写真に対し、 イギリスのロシア大使館が「ビューティー・ブロガーが妊婦を演じ、プロパガンダ専門のフォトグラファーが撮影した写真」とツイート。 同ツイートは後にツイッターの規約違反で削除されたけれど、翌日ウクライナの国連大使が 女児を出産したその女性の写真を提示して、彼女が実在する妊婦であったことを証明した様子は 世界中のメディアが報じた通り。 今週にはメタ傘下のフェイスブックとインスタグラムがウクライナ、ロシア、ポーランド、ラトヴィア、エストニア、スロヴァキアを含む北欧9カ国で、 同社のポリシーを変更して、プーチン大統領の死やロシア兵に対するヴァイオレンスを呼び掛けるポストを許可するという異例の措置が行われており、 これもロシアのプロパガンダに対抗するムーブメントの1つ。

アメリカ国内では国民もメディアもウクライナ支援ムードが圧倒的であるけれど、そんな中「アメリカからロシアのプロパガンダを放映している」と言われるのが、 FOXニュースの人気キャスター、タッカー・カールソン。「自分に何も危害を加えないプーチンを嫌う必要は無い」として「プーチン嫌いは民主党とリベラル派による プロパガンダ」であると主張。そんな彼のコメントや、トランプ氏がウクライナ侵攻直後に語ったプーチン大統領を「天才、スマート、サヴィ!」と賞賛する映像は ロシア国営放送のプロパガンダの恰好のコンテンツ。ロシアのプーチン支持派が 「アメリカでも プーチン大統領がウクライナのために行っている 特別作戦をトランプ支持派がサポートしている」と信じさせる要因になっている一方で、FOXニュースには「ロシアのプロパガンダ報道をするタッカー・カールソンをクビにしろ!」という批判が 同局の長年のビューワーである共和党支持者からも寄せられていたのが今週。
水曜に下院で行われたロシアからの石油輸入禁止法案の投票には15人の共和党議員が反対票を投じているけれど、 そのうちノース・キャロライナ州選出で、性的虐待を含む複数のスキャンダルで知られるフレッシュマン最年少議員、マディソン・キャウソン(26歳)は、 ゼレンスキー大統領を悪質な犯罪者と猛批判。ロシアの国営放送局に新たなプロパガンダ・コンテンツを提供したばかり。 共和党内には 保守色が強い議員の中に ロシア寄りの姿勢が何人か見られ、バイデン大統領の経済制裁が手温いと攻撃する主流派との 溝が深まっているのだった。

ウクライナとロシアはかつて1つの国であったこともあり、親戚や友人がロシアとウクライナに別れて暮らしているケースは多く、 ロシアのプロパガンダが非常に残酷なのは、ウクライナの人々がロシアに住むプーチン派の親戚や友人に現状を知ってもらおうと 攻撃された 街の様子をフェイスタイムやビデオで見せても、全く信じて貰えず 逆に「ウクライナのプロパガンダの片棒担ぎ」と非難されてしまうこと。
トランプ政権誕生前後のアメリカでも、トランプ氏を支持し始めた途端に移民やマイノリティ人種への差別発言を始めた家族や友人と 絶縁状態になる人々が多かったけれど、まともな生活が出来ていた状況下でも それが多くの人々の心の傷になっていたことを思うと、 戦争状態の中で親戚や友人に真実を理解してもらえないウクライナの人々の失望や悲しみ、フラストレーションは計り知れないもの。
そんな否定されればされるほど、意地になって他の意見に耳を傾けようとしない姿勢は、陰謀説やプロパガンダを吹聴する側にとって最強の武器。 そしてその姿勢が顕著なのは どうしても変化を望まず、新しい情報に目を向けない保守的な人々。だからこそ陰謀説やプロパガンダは歴史的に保守勢力にとって極めて有効であり続けるのだった。



ビジネスのロシア撤退、営業停止に見るESGの影響


先週ロシアのメジャー・バンクを国際送金システムSWIFから排除したバイデン政権は、 今週にはロシアからの石油輸入禁止に踏み切り、金曜にはロシア産のウォッカ、キャビア、ダイアモンドの輸入禁止を発表。 こうした政府主体によるロシアへの経済制裁もさることながら、ロシアの国民生活により大きな影響を与えているのが、 アップル、マイクロソフト、ナイキ、IKEA、グッチ、ルイ・ヴィトン、リーバイスといったグローバル企業によるロシア国内での営業停止。 今週にはマクドナルド、バーガーキング、KFCといったファストフード・チェーン、スターバックスが営業停止を打ち出し、FedEx、UPSも配達を停止。 エンターテイメントの世界ではスポティファイがロシアのオフィスをクローズ、ネットフリックスもストリーミングをストップし、 ソニー、ディズニー、ワーナーブラザースがいずれも新作映画のロシアでの公開をキャンセル。
金融セクターではゴールドマン・サックスが 木曜にロシアにおけるビジネスから手を引くことを発表。同社の 1兆5000億ドルのグローバル・オペレーションのうち、ロシア国内のビジネスは2021年末の時点で僅か6500万ドル、 ロシアでの従業員数は80人で、既に一部はドバイに移動済み。残りのスタッフに対しても出国アレンジが進んでいる真っ最中とのこと。 同じくJPモーガン・チェイスも「ロシアでのビジネスを今後徐々に縮小する」と発表したけれど、同社にとってもロシアでのビジネスは、 国別トップ20カ国にも入らない規模で従業員数も100人程度。 アメリカの大手銀行の殆どは2014年のクリミア戦争の段階でロシアから撤退しており、 メジャー・バンクで今も大きなビジネスをしているのはシティ・バンクのみ。そのシティ・バンクは昨年消費者部門を売りに出しており、 現在の状況を受けて「ロシアでのビジネスの見直しを図る」と声明を出しているのだった。

ロシアのウクライナ侵攻がスタートしてからの2週間で、ロシアでの営業停止に自主的に踏み切った企業は300社以上。 イエール大学のウェブサイトでは、 そのリストと、今もロシアでビジネスを続ける企業のリストが公開され、今週メディアが注目し続けたのが 毎日のように膨れ上がって行く営業停止企業のリスト。 これだけの企業が利益を顧みずに営業停止に踏み切った背景にあるのがESG (Environmental, Social and Corporate Governance)。 2022年の投資のドライヴィング・フォースであるESGは 環境問題、人権問題、ディバーシティ等、様々な社会的モラルの視点から行う投資戦略を意味するもので、 今の時代に極めて重要になってきたのが 企業イメージ、及びその社会的責任とモラル。
今週ロシアでのビジネス停止に踏み切ったマクドナルド、コカ・コーラ、ペプシ、スターバックス等に対しては、 先週からアメリカでボイコットを呼びかける動きがソーシャル・メディアで起こっていたけれど、 どんな企業でもロシアでのビジネス停止や撤退がニュース・メディアで報じられることによって獲得するパブリシティ効果は 多額の広告費を支払っても得られないもの。 それによって消費者ロイヤルティも高まり、ESGフレンドリーな企業としてのイメージが定着することは一般投資家にも、大手投資会社のアセット・マネージャーにも歓迎されること。
営業停止に踏み切った企業は、全て1991年のソビエト連邦崩壊後にロシアに進出しているので、最も長くビジネスをしてきたマクドナルドでさえ現地でのビジネスは30年程度。 ロシア人の間では新しいアイフォンが買えなくなる、ビッグマックが食べられなくなることを惜しむ声が若い世代を中心に聞かれているけれど、プーチン大統領を支持する年齢層の高い保守派ロシア人の間では 「ロシアが西側諸国の影響を排除してあるべき姿に戻るだけの話」という意見も根強いのが実情。 何が起ころうと屈しないプーチン大統領は、今週、ロシアから撤退するビジネスの財産没収の方針を打ち出しているのだった。



中国はロシアを救えない、救わない!?


プーチン大統領にとって ウクライナ民兵の抗戦と共に誤算だったと言われるのが、世界の国々による足並みを揃えた経済制裁。 NATO諸国に加えて日本、韓国、シンガポールといったアジア圏までもが加わった経済制裁により、ロシアの80%のバンキング・アセット、EU圏で保有する財産の70%が凍結状態。 フランスの財務省によれば凍結資産総額は1兆ドル相当。ロシア中央銀行が所有する準備外貨もその半分が制裁に参加した国々の国債であることから それらも使用不可能になっているのだった。
前述の企業によるビジネス停止に加えて、ロシアに対してはマイクロチップス、レーザーといった主要テクノロジーの供給も停止。 ロシアの航空会社もアメリカを含むNATO諸国への離着陸が出来ないだけでなく、部品の供給が得られないことから、 簡単な整備の際に交換される部品のスペアさえも無い状態。すなわちフライトが可能な場合でも、その安全性が保障されない状況。
既にロシアン・ルーブルも大暴落しており、2022年のロシア経済が大打撃を被るのは明らかであるけれど、 その規模は過去20年間の経済成長を帳消しにすると言われるほどなのだった。

先週のこのコラムにも書いた通り、クリミア戦争の直後から「フォートレス・ロシア(=要塞ロシア)」とまで呼ばれる経済制裁に強い体制を築いてきたロシア。 その上で 経済制裁措置逃れのパートナー関係を確認していたのが中国。 過去にはファーウェイがアメリカからの制裁対象になった際にロシアが救済に入るなど、両国の協調関係は今に始まった事ではないけれど、 その強固な関係を改めて世界にアピールしたのが今年2月4日の中ロ共同声明。
中国はロシアのウクライナ侵略直後に行われた 国連のロシアに対する安全保障理事決議案の投票に棄権。 ロシアが所有する840億ドル相当の中国の国債売却も容認しているけれど、これがさほどロシアの助けになっていないのは 売却によって中国人民元しか得られないこと。 現時点で中国人民元が使用されている国際間取引は僅か3%。すなわち殆どの取引は人民元では不可能。 ロシアのビジネスの中には中国の銀行に口座開設をするところも見られ始めたけれど、SWIFTから締め出されたロシアから多額の資金を動かすのは至難の業。
その中国は、2015年にSWIFTに対抗する独自のCIPSというシステムを構築。しかし7年が経過した今も人民元での支払いしか出来ず、その規模はSWIFTに比べると極めて小さいもの。 加えてSWIFTは送金システムであるだけでなく、国際銀行間のコミュニケーション・システムも兼ねているけれど、 CIPSにはその機能が無いことから CIPSを利用する銀行の94%がコミュニケーションにSWIFTを使用しているような有り様。

さらに言えば、これまでの中国の国営銀行は 自国の経済取引に不可欠のUSドルにアクセスするために、過去のアメリカの経済制裁措置には従う姿勢を見せてきた存在。 2月末には中国最大手の国営銀行2行がロシア産コモディティ(燃料・資源を含む商品) 購入のための融資を制限する通達をしたばかり。 3月初旬にはアメリカ国務省が中国政府に対してロシアの経済制裁逃れの手助けをした場合は、中国も制裁対象になり得ることを警告。 それ以降の中国は、ロシア軍の民間人を犠牲にする攻撃についての遺憾の意を表明するようになっており、ロシアの味方というよりも完全に傍観者の立場。 自国経済を犠牲にしてまで ロシアを救うつもりはない様子が浮き彫りになってきているのだった。
そもそもロシアへの経済制裁に参加した国々がグローバル・エコノミーに占める割合は合計で50%以上、中国はこれに対して約15%。 中国だけがロシアを救おうとしたところで 勝算が無いのは明らか。 今回のロシアへの経済制裁にこれだけ短期間で世界各国の足並みが揃った理由の1つは、この制裁が中国への威嚇を兼ねているため。 すなわち中国が同じように台湾に攻め入った場合に、軍事介入はさておき 経済制裁は容赦なしに行われる戒めを見せつけているのが現在。
そのためロシアへの経済制裁は国民生活が困窮しても お構いなしのプーチン大統領よりも、中国のシー・ジンピン主席に大きなインパクトをもたらしたと言われるほどなのだった。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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