Feb. 28 〜 Mar. 6, 2022
経済制裁効果、ロシアン・プロパガンダ Z & ゼレンスキーの限界, Etc.
今週も世界中のメディアがロシアのウクライナ侵略を大きく伝える中、金曜に発表されたアメリカの2月の雇用統計で、この月にアメリカで生み出された仕事の数は予想を大きく上回る67万8000。
失業率は3.8%に低下しているのだった。
火曜日に行われたバイデン大統領による初の一般教書演説では、最初の約12分間がウクライナ情勢とその支援策に割かれていたけれど、
その直後にPBS、NPR、マリストが共同で行った世論調査によれば、アメリカ国民の87%が 米軍が戦闘には関わらずロシアへの経済措置を強めるバイデン氏の対応を支持。
今週はアメリカ国内でガソリン価格が大きく高騰していたものの、国民の67%が「ロシアへの制裁のために石油価格が値上がりするのは仕方がない」という意見を持っていることが明らかになっているのだった。
バイデン大統領同様にNATO事務総長も金曜に改めて 「ロシアには経済制裁を強化しても加盟国でないウクライナに派兵はしない」方針を確認しており、
「戦争状態がウクライナから外に広がることは何としても避けるが、これは我々の闘いではない」と明言。ウクライナのゼレンスキー大統領の再三に渡る嘆願にも関わらず
ウクライナ上空を飛行禁止区域とする措置には踏み切らない意向を再確認しているのだった。
というのもそれを行えば、違反したロシア軍機を撃ち落とす役割をNATOが担うことになり、事実上の軍事介入に踏み切ることを意味するためで、
これについてはプーチン大統領も「ウクライナ上空を飛行禁止区域に指定するのはロシアへの宣戦布告と見なす」と強烈に威嚇しているのだった。
経済制裁に本当に効果があるか?
プーチン大統領はロシアに対する西側諸国による経済制裁についても宣戦布告と見なす発言しているけれど、
ウクライナ侵攻以来ロシアン・ルーブルは30%以上価格を落とし、今週には1ルーブルが1セント、すなわち米国の1ドルが100ルーブルとなり、金利も20%にアップ。
ロシア国内では一般市民が銀行に大行列を作ってキャッシュと外貨を引き出そうとする様子が連日報じられる状況。さらに今週にはロシアの主要銀行が
国際送金システムSWIFTから排除されたことで、旅行者を含めた国外にいるロシア人はクレジット・カードの使用が出来ない状況に陥ったけれど、
土曜日にはVISAとマスターカードが共にロシア国内でのカード・プロセスの中止という異例の措置に踏み切っているのだった。
しかしロシア政府はと言えば、2014年のクリミア戦争直後に3680億ドルであったゴールド、外貨、クリプトカレンシーの保有額を
昨年の段階で6300億ドルにまで増やしており、代わりに売却していたのがドル建ての資産。すなわちクリミア戦争時に受けた制裁を教訓に、
西側諸国の経済制裁に強い体制を過去7年間に構築。
今回のウクライナ侵攻も同じ年月を掛けて周到な軍事装備で臨んだことが指摘され、
そのタイミングについても中国のシー・ジンピン首席と「オリンピックに悪影響を与えないタイミング」という事前の合意があったことが報じられているのだった。
先週までの西側メディア報道は、「プーチン大統領が無謀に始めた侵攻が、予想外のウクライナ国民の抵抗によって阻まれて、意外な苦戦を強いられている」というものが目立ったけれど、
そこから一転して 今週のメディアに多く見られたのがプーチン氏の長い年月を掛けた準備と計画、そして誤算要因となったウクライナ民兵への対応を含んだ作戦見直しが行われた様子に
フォーカスする論調や報道。
マクロン仏大統領との電話会談でプーチン氏が「望んだ結果が得られるまで、とことん戦う」と宣言した通り、
現在の戦争状態があと何週間、何カ月続くかは全く予想出来ない状況になっているのだった。
ロシア軍がどんどんウクライナ国内に侵攻し、都市部を制圧して行くにつれて、
国外脱出を決心するウクライナ国民は増えているようで、金曜の時点で既に国外に出た国民の数は人口の3%に当たる120万人。
その約半分が隣国 ポーランドに避難しており、EU諸国、及びアメリカはウクライナからの難民に対し、期間限定の合法滞在のステータスを与えることを発表しているのだった。
ロシアン・プロパガンダ 「Z」の巻き返し
ロシアは金曜にフェイスブック、ツイッターへの国民のアクセスをブロック。しかしロシアでは以前から国民の多くがVPNサーバー(ユーザーの居場所を攪乱できるサーバー)を使用していることから、
引き続きソーシャル・メディアへのアクセスは続くと思われるけれど、ロシア政府は国民でもメディアでもウクライナへの攻撃に対して「戦争」、「侵略」という言葉を使っただけで15年の禁固刑という厳しい処罰を発表。
今週には国営以外のラジオ局、TV局が放送停止に追い込まれ、外国メディアに対しても曖昧なガイドラインとそれに違反した場合の12年の禁固刑が通達されたことから、
CNN、ABC、CBS、BBC、ブルームバーグといったメジャー・メディアがいずれもロシアからの報道をストップ。多くの外国人記者が週末までにロシアから出国。
そんな中金曜には英国のスカイ・ニュースがキーヴ付近を走行する車内からのレポートをしている最中に
ロシア軍から突如銃撃を受ける事件が起こっており、スタッフの1名が負傷したことが報じられているのだった。
こうした戦争状態の世の中では、双方の思惑が絡む情報が飛び交うのは歴史が証明する通り。
先週から西側メディアが報じてきたのが、ウクライナ市民たちが戦車に立ち向かう勇敢な姿や、火炎瓶爆弾を作り、献血をするなど 国が1つになって戦う様子で、
「ロシア兵は何のために戦っているか分かっていない。我々は母国と家族のために、自由と平和のために戦っている」と語る市民の姿がビューワーの心を打っていた一方で、
捕えられたロシア兵がウクライナ市民にお茶とパンを与えられて 母親に電話をするように促されて泣きながらそれに応じる様子、
車の燃料不足で立ち往生していたロシア軍兵士が 通りかかったウクライナ民兵に「ロシアまでなら牽引してあげるけど」と言われて笑い出したエピソードなども伝えられていたのだった。
今週までに約5000人のロシア兵が命を落としたと言われるけれど、ロシア軍が遺体を回収せず、弔う気配さえ見せないことや、多くのロシア兵が事情や目的が分からないまま派兵され、
ウクライナ軍に捕えられて「軍事訓練だと思っていた」、「自国を守ろうとしている人々に攻撃をしているなんて知らなかった」と語る様子は
ロシア側からすれば決して自国民に見せるべきでないもの。
今週のロシア政府の厳しいメディア規制は、そんな西側諸国だけでなく ロシア国民へのアピールも狙った敵のプロパガンダ”を徹底的に排除する目的で行われていたのだった。
本来どの国よりもプロパガンダに長けているロシアは、この段階でウクライナ侵攻に対する国民の支持を象徴するスローガンやシンボルが必要と考えたようで、今週打ち出したのが「Z」の文字。
週末までにはZの文字をフィーチャーしたTシャツがロシアで販売されて 売り上げがチャリティに寄付されると謳われ、ロシアの政治家もZのピンをつけて会議に出席。
ロシア軍でZの文字が意味するのは「Eastern Military District/東側軍事地区」。 これが「同胞であるウクライナの人々をネオナチ政権から救う特別作戦」とロシア国内で報じられる
ウクライナ侵攻とプーチン大統領に対する支持を打ち出すシンボルとして 突如浮上してきたのだった。
プーチン大統領は西側諸国の経済制裁によって国民生活が苦しくなったところで、ウクライナ侵攻を止めることなどあり得ないのは誰もが指摘するところ。
しかしロシアにはまだまだプーチン氏を支持する国民は多く、経済制裁によって生活に支障をきたし始めている国民に対して 「ロシアこそが西側諸国に屈せず、ウクライナのために正しい闘いをしている」という
意識をインスタントに植え付ける正義の象徴の役割を果たすのが「Z」の文字。
西側諸国でイエロー&ブルーのウクライナの国旗のカラーがウクライナへの支持と支援の象徴になっているのと同様、今後ロシアでは「Z」の文字が国を1つにするシンボルとして
プロモートされていくのだった。
ゼレンスキー大統領、人々をスピーチで動かすものの…
ロシア軍によるウクライナ侵攻以来、一躍時の人となったウォロディミル・ゼレンスキー大統領(44歳)がコメディアン出身であることは既に知られているけれど、
TVドラマの中でひょんなことからで大統領に就任した元学校教師を演じた彼が2019年に大統領選挙に勝利したのは、
ウクライナ国民が長年続いた腐敗と汚職まみれの政治に嫌気が差していたため。
しかし国内の改革は思うように進まず、ロシアによる侵攻直前のゼレンスキー大統領の支持率は僅か21%。国民の多くが彼の政治手腕に失望し、再選も危ぶまれていた状況。
昨年末からの米国情報局による「ロシアによる侵攻が迫っている」という再三の警告に対しても、「事を荒立ててないで欲しい」と迷惑そうな姿勢を見せて状況の読み違いをしていたのは周知のとおり。
ところが一度ロシアの侵攻が始まった途端にそんな姿は一変。自分が暗殺ターゲットになっていることを知りながらもバンカーに隠れることなく、
頻繁にメディアに登場しては 「私が大統領に出馬した際、”全ての国民が大統領です。国民全員が国に対する責任があります”と語りましたが、その通り今や我々全員が兵士としてそれぞれが出来る戦いをしています。
私はウクライナ国民がこの戦いに勝つものと信じています」と、国民の士気を高めたことから その支持率は91%にアップ。
今週火曜日に行われた欧州議会でも ウクライナからのライブ・スピーチを行ったゼレンスキー氏は、
「誰も我々を打ちのめすことは出来ない。我々は強い。我々はウクライナ人だ。
我々には子供達が生き続けることを見届ける願いがある」と力強く語り、同時通訳者が涙で声を詰まらせる一幕が見られたのは世界中で報じられたこと。
欧米の政治評論家の間では「コメディアンとしてオーディエンスのムードを読んで それに対応する勘を培ったゼレンスキー大統領だからこそ、タイムリーに国内外の人々の心を打つパフォーマンスが出来る」と彼の政治手腕ではなく、
パフォーマーとしての能力を称える声が聞かれていたのだった。
ゼレンスキー氏が国のリーダーとして優秀なパフォーマンスを見せたのはこれが初めてではなく、ここ数日、幾つものメディアが指摘していたのが
トランプ前大統領の1度目の弾劾の原因となったウクライナ疑惑の際に 彼が見せた「経験が浅く、頼りない政治家」としての演技。
この弾劾疑惑では、ウクライナでゼレンスキー政権が誕生した途端に、トランプ氏が一度は政権を去ったはずのウクライナ事情に詳しいルディ・ジュリアーニを
個人弁護士として雇い、ゼレンスキー大統領就任式へのペンス副大統領の出席予定をキャンセル。
そして上下両院可決によりウクライナへの支払いが決まっていた4億ドルの軍事援助の支払いを 差し止め権限が無いにも関わらず保留。
その支払いと引き換えに トランプ氏がゼレンスキー氏に要求したのが 当時まだ2020年の大統領選挙に立候補していなかったジョー・バイデン、及び息子のハンター・バイデンに関する粗探し、
及び2016年大統領選挙の際の民主党本部へのハッキングがロシアではなく ウクライナ勢力によって行われた証拠探しをすること。
この疑惑はホイッスルブローワーによって明るみに出たもので、その後弾劾裁判に発展。
ゼレンスキー氏にも「トランプ氏からの不当な要求を受けたか」という疑問が寄せられたけれど、彼は要所を抑えた否定によってトランプ氏を満足させながらも、
バイデン氏の粗探しにも応じない状況に持ち込んでおり、この時の彼の煮え切らない態度は トランプ氏を追い詰める決定打を望んでいた民主党支持者、リベラル派にとっては
「トランプ氏にへつらうしかない弱いリーダー」という印象を与えていたのは紛れもない事実。
しかしその演技によってゼレンスキー氏はアメリカ国内の民主・共和の対立に巻き込まれることなく、引き続き両党からの支持を得て軍事援助が得られる体制を保っており、
今となっては「国益のために上手く立ち回った」と評価されているのだった。
ちなみにこの当時は、ウクライナという国に対してアメリカ世論の関心が極めて低かったこともトランプ氏が弾劾を逃れた大きな要因の1つ。
しかし今年1月に入って当時のホイッスルブローワーがジュリアーニ等、当時のトランプ関係者を相手に裁判を起こしており、トランプ政権の元司法長官、ビル・バーがもうすぐ出版する著書でも
「この問題がトランプ氏に不信感を抱き始めたトリガー」と説明されるなど、徐々にメディアが再びこの問題にフォーカスし始めているのだった。
火曜の欧州議会でのゼレンスキー氏のスピーチは「我々の味方であることを示して下さい。我々を見捨てないことを示して下さい。貴方達がヨーロッパ人であることを示して下さい。そうすれば命は死に勝利し、光は闇に打ち勝つでしょう。ウクライナに栄光を!」という
センテンスで締めくくられ、会場中がスタンディング・オーベーションになっていたけれど
ドラマのように簡単には行かないのが実際の世界。
ヒーロー政治家が心を動かすスピーチをしても同盟、条約が無くしては諸外国が軍事的に動かない事が立証されたのが現在の状況。
それもあって今週報じられたのがスウェーデン、フィンランドの国民の多くがNATO加盟を望み始めたというニュース。
プーチン大統領は「もし加盟したら制裁を与える」と脅しをかけているけれど、国民にしてみれば だからこそNATO加盟の必要性を感じざるを得ないのだった。
執筆者プロフィール 秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。 |
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