June 7 〜 June 13 2021
働くヴァリューの低下、@ホーム・ヴァリュー上昇が招く、
アメリカの空前の労働者不足
今週のアメリカでは現在イギリスで行われているG7サミットのニュースが週後半のトップ・ニュースになっていたけれど、
他国のトップ同士が英語で直接親しそうにコミュニケートする中、新参者ということもあってか影が薄かったのが日本の菅首相。
週の前半では先月ロシアのハッカー・グループのランサム(身代金)ウェアのターゲットとなったコロニアル・パイプラインのトップが議会証言を行ったけれど、
そこで明らかになったのが 一般人の金融アカウントでも2段階認証が当たり前の時代に、米国東海岸の石油流通を掌る企業のセキュリティが僅か1つのパスワードで管理されていたという事実。
コロニアル側は「複雑なパスワードで、決してコロニアル123のように簡単なものではない」と弁明したものの、あまりにずさんセキュリティ管理が問題視されていたのだった。
そのコロニアルがハッカー・グループにビットコインで支払った440万ドルの身代金は、
今週司法省がブロックチェーンを辿って犯人グループのアカウントを突き止め、そのセキュリティを破って取り戻したことを発表。
犯罪に悪用されると思われがちなビットコインであるものの、実際にはオープンソースのブロックチェーンが動かぬ記録として残ることを改めて証明していたのだった。
それとは別に今週のハッカーに通じる脅し行為で大金を要求していたのが長寿リアリティTV「バチェラー」のフランチャイズで過去24シーズンに渡ってホストを務めた
クリス・ハンソン。彼は先シーズンの「バチェラー」の女性コンテスタントの人種差別行為をサポートして 抗議が殺到したことから番組降板を余儀なくされ、
その「口止め料」を含む退職金として請求したのが2500万ドル。「バチェラー」や「バチェラレット」はコンテスタントに守秘義務を徹底させてスキャンダルを防いできたものの、
実際には性的虐待から人種差別まで様々かつ多数の問題を抱えてきた番組。
クリス・ハンソンは番組の裏側を最も良く知る人物であるだけに、2500万ドルが受け取れなかった場合でも「バチェラー」に関する暴露本の出版により
同等もしくはそれ以上の収入が得られると見込まれるのだった。
インセンティブを支払ってまでのリクルート
さて毎週のように新規失業保険申請件数が減っているアメリカでは5月の失業率が5.5%となっており、これは昨年同月の13%の半分以下。
現在アメリカは空前のレイバー・ショーテージ(労働者不足)を迎えていると言われており、左上のグラフが示す通り
求人の数が就職者の数を大きく上回っていることから かつてなかったほどの売り手市場。
そのため面接をしただけで50ドルを支給したり、3ヵ月以上務めるスタッフを紹介してくれた人に謝礼、そのスタッフ本人にも3ヵ月目にボーナスを支払うというような
様々なインセンティブがオファーされているのが現在。
求人が埋まらない状況が最も深刻と言われるのがパンデミック中に最も多くの解雇者を出した飲食業。
また空の旅をする人々が激増した結果、空港のセキュリティを担当するTSA(交通安全管理局)のスタッフも約3000人不足。
今週、全米各地の空港では手荷物検査に2時間以上が掛かり、何千人もの人々が飛行機に乗り遅れる事態が発生しているのだった。
人手不足はリゾート地でも起こっており、ホテルの従業員、サマー・キャンプのインストラクター、ライフガードが足りないことから、
施設をフル稼働出来ないことが嘆かれているけれど、
その原因の1つはコロナウィルスの影響で 外国からの季節労働者が入国できないのに加えて、本来ならばこの時期にアルバイトをするはずの学生ヴィザの移民が激減していること。
パンデミック前の95%のレベルにまで急激に回復しつつあるアメリカ経済なだけに、
経営側はようやく戻ってきた需要に対応して失われた売上を取り戻そうと焦る一方で、
その供給をするだけの労力が無い状況は飲食サービス業から製造業にまで指摘されること。
そのため好景気の中で下がり続けたブルーカラーの給与が上がらざるを得ない局面を迎えているけれど、
飲食業等 そもそも利益率が低いビジネスにとっては人件費の値上がりは大打撃。
きちんと働けるかどうかが分からない人材に 従来より高い賃金のオファーを渋る傾向は根強く、
経験や能力がある人に魅力が無い条件で人材を募集する結果、
いつまでも面接、雇用、トレーニングの末、突然辞めて行く、もしくは労働効率が一向に上がらない というような
従業員採用の負のループに陥る傾向が顕著なのだった。
就職の妨げは今もコロナウィルス
共和党側は現在のレイバー・ショーテージが、バイデン政権が今年9月まで延長した失業保険手当上乗せ金のせいで、
労働者が働く意欲を無くした結果と批判。共和党が州知事を務める州では上乗せ金の支給を取り止めるところが続出し、
代わりに1回きりの条件で1000ドルの就職ボーナスを支給する州も出て来ているのだった。
しかし専門家の分析では、現在人々が就職に消極的な最大の原因は今もコロナウィルス。
ホテル、飲食業等ホスピタリティ系のビジネスでは新規採用者に対してワクチン接種を義務付けているところが非常に多いけれど、
失業期間が長い人々ほどワクチン接種を拒む傾向にあり、ワクチン陰謀説が広まっている中西部の共和党支持者の間でこの傾向は特に顕著。
それだけでなく雇用されている人が雇用主によるワクチン接種圧力を嫌って辞めてしまうケース、店内や職場でのマスク着用義務に反発して
辞めてしまうケースも少なくないのが実情。
加えてパンデミック以降、ありとあらゆるストアの店員やフライトアテンダントがマスク着用を客に注意して怒鳴られる、殴られる、銃やナイフで脅される、最悪の場合発砲事件にまで発展していることは
社会問題にさえなっているけれど、そんな従業員のリスクに対して雇用主が一切対応していないことも
「こんな時期に働きに出ても、リスクに対して収入が見合わない」という気持ちを抱かせている要因。
事実、来店客や搭乗客からの暴力やハラスメントが原因でリタイアを早めたり、仕事を辞める従業員が増えているけれど、
こうした事件はその様子を捉えたビデオがSNSでヴァイラルになると、GoFundMeといったクラウドファンディングで同情した人々から集まるのが寄付。その金額が50万ドルに達したケースが何件もあり、
雇用主達がそんな世の中の風潮に甘えて 自腹を切ってまで対応しようとは思わない、対応して逆に批判を浴びることを恐れているとも指摘されるのだった。
インフレによって益々高額になる通勤
空前の労働者不足に見舞われるアメリカでも、失業率が大きく低下しているので人々が職場に戻り始めているのは明らか。
しかしそんな人々の労働意欲が失せる要因になっているのがインフレ。
2021年に入ってからのアメリカのインフレーションは5%を記録し、過去13年で最速のペース。
もちろんその要因の1つを担っているのが人件費のアップ。
その結果パンが7%値上がりし、コーヒー豆は3%、コーヒーショップで買うコーヒー1杯は6%価格が上昇。
職場復帰のためにメンズ・クロージングの価格は3%、シューズは8.3%それぞれアップ、
ランチ価格は平均で6.1%、中古車の価格は29.7%アップ、ガソリン代は33%アップ。
この夏はヴァケーション価格がインフレの影響で跳ね上がっているけれど、
職場復帰のコストも同様で 多少労働賃金がアップしても、それがインフレーションで帳消しになってしまう計算。
その一方で特に女性の職場復帰を阻む要因になっているのは、現在民主党が問題視している
チャイルドケアの問題。
すなわち子供を預ける施設が高額過ぎて 自分の給与を上回ってしまうために 仕事を辞めて自宅で子供の世話をせざるを得ない女性が多いこと。
もちろん妻の収入が夫を上回るケースでは夫がステイホームになっているけれど、加えて増えているのがシニアケア、すなわち年老いた親の面倒を見るために
仕事をせずに生活保護に頼るしかない人々。
チャイルド・ケアに関してはパンデミック以降、それまでチャイルド・ケア施設で働いていた人々が責任の割に安い給与を不服として
大勢が辞職した結果、特に都市部ではその高額なフィーを支払える家庭でさえ 施設のオープニングが無くて 子供の面倒を見て貰えない状況。
すなわち1つのセクターの労働者不足が別のセクターの労働者不足の原因になる悪循環をもたらしているのだった。
それとは別に 自宅勤務の生活にすっかり慣れてしまった人々の間では「もし週5日のオフィス勤務復活が義務付けられたら仕事を辞める」という声は多いけれど、
特にオフィス業務のフルカムバックを掲げているのが金融業界。
アップル社はそんな社員の意を汲んで「水曜と金曜は自宅勤務に出来るオプション」を今後の業務体制として打ち出したけれど、
実際に業務が本来の形で再開されなければ、水曜と金曜に本当に自宅勤務をする自由があるかは予測不可能と言えるのだった。
世の中全般的に「仕事をして食べていく」というこれまでの世間常識が希薄になり、代わりにパンデミック中に一般的な価値観になってしまったのが
「嫌な仕事をしないで食べていく」こと。そんなメンタリティが労働者層に根付いてしまった先進国においても、
AIでは賄えない仕事や、人間がやるしかない肉体労働の人材は まだまだ社会には不可欠な訳で、
そうなると低賃金でも仕事を請け負う移民の労力は経済活性化のために否定出来ないという結論に辿り着くのだった。
執筆者プロフィール 秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。 |
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