May 31 〜 June 1 2021

"Naomi's Mental & Press Battle"
ナオミ選手のメンタルヘルス問題はメディアへの計算ずくのアクション!?


メモリアル デイの連休明けの今週のアメリカでは、またしてもロシアのハッキング・グループに世界最大手の食肉精製業者JBSがターゲットにされたことが報じられたけれど、 その際に伝えられたのが NYの地下鉄システムも4月に同様のハッキング被害に遭っていたというニュース。
コロナウィルスに関してはアメリカ国内では確実に沈静化に向かっており、今週NY市は遂に1日の死者がゼロ、新規感染者数が0.7%という全米最低レベルを記録。 しかしメディアの一部が危惧しているのがワクチンが効かないと言われるネパール変異種。これはインドの変異種が進化したものと見られ、ヒマラヤから日本に飛んだ13人の旅行者から 検出されているのだった。
その日本では6月4日からNY、カリフォルニアを含むアメリカの19州からの旅行者に対する水際対策が強化されるとのことで、 それによれば旅行者は入国後3日間、検閲所が指定する宿泊施設での滞在が新たに必要となり、 その後のCPR検査で陰性が認められてから 更に義務付けられるのが自宅等での14日間の自主隔離。 感染が激減しているアメリカからの旅行者に対して 何故水際対策を強化するのかは謎に包まれているけれど、 到着後17日間の足止めや 往復の渡航に必要なCPR検査の費用(日本の料金は1人約1万6000円)、面倒な事前手続きは 昨年パンデミックのせいで日本への一時帰国が出来ず、この夏 2年ぶりの帰国を予定している在米日本人には かなりの重荷とプレッシャーになることが見込まれるのだった。



ナオミ・オオサカ選手プレス・ボイコットへの賛否両論


さて今週のアメリカでかなりの報道時間が割かれていたのが、テニスのフレンチオープンの初日、月曜にナオミ・オオサカ選手が プレーヤーに義務付けられた試合後の記者会見をメンタルヘルスを理由にボイコットして1万5000ドルの罰金処分を受け、その翌日にトーナメント離脱を発表したニュース。 テニスのフレンチ・オープンが1回戦の段階でアメリカのメディアで大きなニュースになるのは極めて珍しいことで、 深刻な社会問題になって久しいメンタル・ヘルス、そしてメディアのあり方という2つに問題提起をするようなナオミ選手のアクションが 大きな話題と物議を醸していたのだった。
現在23歳、2018年のUSオープン決勝でセリーナ・ウィリアムスを破ってチャンピオンに輝いた際の 本人とは無関係の物議で 一躍世界的に知名度を高めたナオミ選手は、その後グランドスラム・トーナメントで計4回チャンピオンに輝き、 現在世界ランキング第二位。昨年には5000万ドルを稼ぎ出して最高年収の女子プロアスリートになり、 その個人資産は5,520万ドル。ラッパーのコルダエと交際し、つい最近には自らがモデルを務めて スイムウェアのライン(写真上右)を発売したばかり。
そんな飛ぶ鳥を落とす勢いと思われたナオミ選手による メンタルヘルスを理由にした記者会見ボイコットは、 サプライズ効果も手伝って大きく報じられたけれど、メインストリーム・メディアが事実のみを淡々と報じたのに対して、 スポーツ・メディアやテニス連盟はかなり厳しいトーンで彼女を批判。 ビリージーン・キング、パトリック・マッケンロー、ボリス・ベッカーといった往年のプレーヤーも批判的であったけれど クリス・エヴァ―トは 「現在のプレスカンファレンスは自分達がプレーしていた時代のものとは異なる」 として、厳しい質問でプレーヤーを追い詰めるのではなく、もっとフレンドリーな雰囲気にするべきと指摘。
一方現役プレーヤーは ラファエル・ナダルが「記者会見は仕事のうち」としながらもナオミ選手の決断を支持、ノヴァック・ジョコヴィッチも彼女を サポート、特に強い同情とサポートを見せていたのはヴィーナス&セリーナ・ウィリアムス。 同様の支持はNBAゴールデン・ステーツ・ウォリアーズのステッフ・カリーもツイッターで示していたのだった。



BLMサポーター、ナオミに対するバッシング?


月曜にナオミ選手に批判的だったメディアやテニス連盟も、彼女が長くメンタル・ヘルスの問題を抱えていたことを告白し、トーナメント離脱を発表した火曜にはかなりトーンダウンしており、 逆に浮上してきたのがエリート・アスリートのメンタル・ヘルスに関する報道。 オリンピック最多メダル記録を誇る男子水泳のマイケル・フェルプスが精神的落ち込みやアルコール依存でリハビリ入りし、 メンタル・ヘルスとの闘いをしてきたことは周知の事実。 テニス界では 既に引退したアンドレ・アガシが、現役時代にトーナメントのプレッシャーからドラッグを使用していたことを自叙伝で告白しており、 プロアスリートも決して無縁ではないのがメンタル・ヘルス問題。
そのため週半ばには「スポーツ界でもメンタル・ヘルスへの取り組みは重要な課題」とナオミ選手に理解を示す報道が増えたけれど、その例外だったのが右寄りの保守派メディア。 英国のコメンテーター、ピアース・モーガンは ハリー王子&メーガン夫妻がメンタルヘルスの問題を盾に王室批判を繰り広げる様子を例に挙げて、 ナオミ選手がやっていることは「メンタルヘルスを武器にメディアをシャットアウトするためのナルシスト的身勝手」と攻撃。 また別の右寄りジャーナリストは ナオミ選手が 過去のトーナメントの記者会見では至ってリラックスしていた様子、 日本生まれの彼女が「アメリカに移住してから 自分のキャリアを有利にするために日本人母のラストネームを名乗り出した」と指摘し、 今回のメンタル・ヘルスについても ”全て計算ずくでやっている”という説を展開。 更にフランスからカリフォルニアに戻ったナオミ選手の770万ドルの邸宅のフォト(写真上右)が公開され、 「一般の人々が苦しむメンタルヘルスに比べれば 彼女の精神的落ち込みへの懸念は単なるラグジュアリー」的な報道も見られていたのだった。

このように右寄り保守メディアがナオミ選手に対して風当たりが強い理由は、彼女が昨年のUSオープンの際にブラック・ライブス・マター(BLM)の活動をサポートし、 過去に警察の過剰暴力で命を落とした黒人被害者の名前をフィーチャーしたマスクを着用して 試合後のインタビューやプレスカンファレンスを行うなど、 自分達と相反する思想のアクティビストであるため。実際に昨年のUSオープンの際に右寄りメディアの書き込みに見られていたのが、ナオミ選手に対して「これでまた嫌いなアスリートが増えた」というような 国歌斉唱中に跪いてBLMの抗議をするプレーヤー達と同等のバッシング。
今週の報道に対しても「記者会見で厳しい質問をされたくなかったら 政治や社会問題に口出しをするな」といったリアクションが多く、 スポーツ・メディアの中でもFOXスポーツの批判が最も厳しかった様子にも 政治的ポジションで この件の捉え方が異なることを窺わせていたのだった。



一流プレーヤーほど巻き込まれる政治&社会問題


プレス・カンファレンスを嫌うプロアスリートはナオミ選手以外にも 決して少なくないのは周知の事実。同じテニス・プレーヤーでは、 キャロライン・ウォツニアッキ(写真上左)が 2018年にオーストラリア・オープンに初優勝するまで、グランドスラムを一度も制することなく 世界ランキングNo.1に長く君臨したことから、毎試合の記者会見の度に尋ねられたのが「グランドスラムで勝てない世界No.1であること」について。 これは「怪我をせずに、コンスタントにトーナメントで勝ち進む」というプロ・テニスプレーヤーに重要な要素がジャーナリスト達に評価されていないというより、 彼女が苦手な質問をして毎回そのリアクションを楽しんでいた半ばサディスティックな光景。 そのためパブリシストが彼女に記者会見の受け答えのコーチングをして、ある時 尋ねられてもいないことにまで答えてしまったことから 「覚えてきた答えを語っているだけ」と更なる攻撃を受けた過去があるのだった。
また昨今のプレス・カンファレンスはアスリート達が社会問題や政治について SNSを通じてその意見や支持を表明するようになったことを受けて、 以前に比べて質問内容やその追求が遥かに厳しくシリアス。発言の一部だけがあえて誤解を招くようなヘッドラインで記事になるのは全く珍しくない状況。 例えばナオミ選手は今年2月のオーストラリア・オープンの記者会見で、森元首相の女性蔑視発言について尋ねられ、極めて中立的な立場で慎重にコメントをしたものの、 多くのメディアのヘッドラインは写真上中央のように 彼女がかなりストレートに森元首相を批判したと取れるものになっていたのだった。

もちろん記者会見でアスリート側が見苦しい態度を取るケースも少なくないのは事実で、 例えば2016年のスーパーボウルでデンバー・ブロンコに敗れたキャロライナ・パンサーズの当時のクォーターバック、カム・ニュートンは 記者会見が始まって3分も経たないうちにその場を去ったのは当時有名なエピソード。また彼は女性記者からの質問に「女がそんなこと言うのは初めて聞いた」と女性蔑視の態度を見せたことでも知られる存在。 一方パンデミック中のNBAの記者会見では、ユタ・ジャズのルディ・ゴルバートが 目の前に置いてあったマイクロフォン全てに ウィルスを撒き散らすジェスチャーで故意に触れる嫌がらせをプレスに対して行っており(写真上右)、その2日後にコロナウィルス感染が判明して謝罪しているのだった。
アスリートとプレスの関係は本来は 「持ちつ、持たれつ」であるけれど、悪化の一途を辿っていると言われるのが近年。 でもその実態はFOX系など 右寄りメディアがリベラル派やマイノリティ人種のアクティビスト・アスリートに対して敵対的である一方で、 左寄りのメディアが保守派右寄りのアスリートに対してWOKEカルチャーでジャッジや批判を繰り広げている状況。
既にスポーツが 政治や社会問題と切り離せないようになって久しいだけに、一流プレーヤーになればなるほど それらの問題から距離を置いてスポーツだけに専念するのは極めて難しいのが今のご時世。 その結果、アスリートが何をやっても、どんな主張を打ち出しても それを報じるメディアのフィルターによって世論操作に利用されてしまう訳で、 そのことは本来メディアを避けようとしたナオミ選手が 今週最大のスポーツニュースになってしまったことに如実に現れているのだった。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
Shopping
home
jewelry beauty ヘルス Fショップ 購入代行


★ 書籍出版のお知らせ ★



当社に頂戴した商品のレビュー、コーナーへのご感想、Q&ADVへのご相談を含む 全てのEメールは、 匿名にて当社のコンテンツ(コラムや 当社が関わる雑誌記事等の出版物)として使用される場合がございます。 掲載をご希望でない場合は、メールにその旨ご記入をお願いいたします。 Q&ADVのご相談については掲載を前提に頂いたものと自動的に判断されます。 掲載されない形でのご相談はプライベート・セッションへのお申込みをお勧めいたします。 一度掲載されたコンテンツは、当社の編集作業を経た当社がコピーライトを所有するコンテンツと見なされますので、 その使用に関するクレームへの対応はご遠慮させて頂きます。
Copyright © Yoko Akiyama & Cube New York Inc. 2021.

PAGE TOP