今回は、いつものアドバイスをお休みして、昨今日本の友人や読者の方々、アメリカ人で野球について知識が無い人からも尋ねられる
大谷選手の通訳、水原一平氏の違法ギャンブル・スキャンダルについて書かせて頂きます。
スキャンダルの経緯については、既に日米で報じられている通り、水原氏がLAエンジェルスで大谷選手の通訳を務めていた時に、
違法ブックメーカーのマシュー・ボイヤーと知り合い、そこからズルズルと高額スポーツギャンブルの借金が膨らみ、450万ドルもの負債を抱えた段階で、
それを大谷選手の口座からの送金で支払ったというもの。マシュー・ボイヤーは昨年の時点でFBIの家宅捜索を受け、
広範囲の違法ギャンブル容疑の捜査対象になっていた人物。
バックには大掛かりな違法組織の存在があるとも疑われるボイヤーは、水原氏が大谷選手の通訳兼、親友であることから、
「水原氏の負債が膨らんでも、大谷氏が肩代わりすることを見越していた」、「大谷選手も自分を通じてギャンブルを行っていることを宣伝文句にしていた」とも報じられる人物。
大谷選手が記者会見で身の潔白を証言した後も、メディアやアメリカ国民が疑惑をぬぐい切れない最大の理由は、
韓国での開幕戦前に大谷選手のスポークスマンが水原氏のギャンブル負債を大谷選手が肩代わりしたことをメディアに語り、水原氏もESPNとの一時間以上に渡るインタビューで、大谷選手が
渋々支払いに応じた状況、その時の大谷選手の様子を細かく説明していたにも関わらず、
ESPNがインタビューを放映する直前になって、大谷選手の弁護事務所がそれにストップをかけ、大谷選手が水原氏による窃盗の被害者であるとして、
スポークスマンと水原氏 双方の発言を覆す声明を出したこと。
その直後から水原氏がそれに同調して、「大谷選手は何も知らなかった」とインタビューでの嘘を認めた様子は、
大谷選手が野球一筋で、ギャンブルには興味が無いと理解している人々にさえ、
「違法ブックメーカーに送金をすれば、それだけでも賭博関与と見なされ、MLBの処分対象になることを 後から知った大谷選手が、
事の発端である水原氏に全ての責任を押し付けた」という印象を与えるのは理解できるところ。
送金手段については、著名人が複数の銀行口座を持ち、ビジネス関連口座を代理人が管理しているのは全く珍しいことではなく、
セレブリティやスポーツ選手がマネージャーや代理人に口座を悪用されるケースは過去に何例も報じられているのだった。
水原氏についてはその後、学歴詐称や、ボストン・レッドソックス時代の岡島投手の通訳である履歴も偽りであったことがレッドソックス側から発表されるなど、
あまりイメージが良く無い報道が続いたけれど、現時点ではIRS(国税局)とホームランド・セキュリティが大谷選手、水原氏の双方を合同捜査していることが伝えられ、
MLBも独自に調査をしている段階。
そしてこの問題は 2つの理由から、そう簡単に終わる問題ではない様相を呈しているのだった。
まず1つ目が、このスキャンダルが 多くのベースボール・ファンやスポーツ関係者にとって、今から35年前の1989年に大報道となった、当時のシンシナティ・レッズ監督で、メジャーリーグ史上のスーパースターの1人、
ピート・ローズ(現在82歳)のギャンブル疑惑と重なる部分が多いこと。
ピート・ローズは 1963年~1986年までの24年間、右でも左でも打てるスウィッチ・ヒッターとして、守備ではファースト&セカンド・ベース、レフト&ライト・フィールドをこなすオールアラウンド・プレーヤーとして、
大人気を博し、優秀な成績を残した選手。彼のトレードマークはサードベースに派手なヘッドスライディングを見せる3塁打で、サービス精神旺盛な熱血プレーで知られたけれど、
その現役時代の1985年、86年に、自らがプレーする試合での野球賭博疑惑が浮上。
当初ローズは、「MLBのギャンブル・ポリシーは理解している。バスケットボールやフットボールには賭けたが、ベースボールには賭けたことはない」と
水原氏と全く同じ弁明を展開したのだった。しかしスポーツ・イラストレーテッド誌が彼の賭博疑惑をスキャンダルとして大きく報じたことから、
やがて3000ページのレポートが提出される念入りな捜査が行われ、現地オハイオ州連邦裁判所を巻き込んだ法廷闘争にも発展。
結局、ローズは球界からの追放を自発的に受け入れ、「その処分を受ける理由がある」と内容を伏せたまま自らの否を認め、その見返りとしてMLBは 賭博疑惑の正式認定を行わないことに同意。
スキャンダルの規模の割には、グレーな幕切れを迎えたのだった。
それを受けてベースボール・ホール・オブ・フェイム(野球殿堂)は、1991年にピート・ローズから永遠に殿堂入り資格を剥奪することを投票で可決。
しかしローズは、ベースボール・コミッショナーが変わる度に、球界復帰と殿堂入りを求めるアクションや
署名運動を展開。
何度却下されても繰り返すしぶとさは、現役時代の熱血プレーを彷彿させる執念とも言えるもので、その度に盛り上がって来たのがローズに対する根強いファンのサポート。
そんなファンからの ピート・ローズ処分見直しの声が一気に高まったのが、MLBが合法ギャンブル・プラットフォームと提携し、
リーグ戦をギャンブルの対象として認めた際。
「MLBがギャンブルを承認した以上、ピート・ローズのギャンブル疑惑の処分についてもポリシーを改めるべき」との声が高まり、昨今では
殿堂入りの投票用紙にローズの名前を記入する野球アナリストも現れているのだった。
そして奇しくも水谷通訳のギャンブル疑惑が報じられたのと ほぼ同時に出版されたのがベストセラー作家、キース・オブライアン著の
「Charlie Hustle: The Rise and Fall of Pete Rose, and the Last Glory Days of Baseball(チャーリー・ハッスル:ピートローズの栄光と転落、ベースボール最後の栄光の日々) 」
というタイトルの本。
この出版によって35年前のMLBのギャンブル・スキャンダルに再びフォーカスが当たったところで報じられたのが 水谷氏のスキャンダルで、
それに追い打ちをかけるように 現役時代から余計な事を口走ることで知られたピート・ローズが
ソーシャル・メディアに投稿されたビデオの中で 「If I had an interpreter back in the ‘70s and ‘80s, I would have been “scot-free.”
(もし70年代、80年代の自分にも通訳が居たら、きっと無罪放免だったはず) 」とコメント。
まるで「大谷選手にギャンブル関与があり、通訳を利用して上手く逃げようとしている」と言わんばかりの発言で、
これを受けてMLBは、大谷選手と水原氏の疑惑について、ローズ擁護派から「ダブル・スタンダード」という文句が出ないレベルの、
きっちりした真相解明を迫られる事態に追い込まれているのだった。
大谷選手と水原氏のギャンブル疑惑に対するローズの発言に対するリアクションは、ローズを責める声よりも
「ローズの殿堂入りを認めるべき」という声が多く、その中には、オークランドA'sからヤンキーズ入りし、全く活躍しなかった一塁手、ジェイソン・ジオンビといった元メジャーリーガーも含まれているのだった。
MLBとしては、最も避けたいのがピート・ローズのスキャンダルと、大谷選手のギャンブル・スキャンダルをこれから先も結び付けられること。
10年契約で700万ドルという史上最高額年俸で メジャーリーグの看板チーム、ドジャースに移籍した大谷選手は、
昨年のルール改正で少しずつ人気を盛り返しつつあるメジャーリーグを背負う存在。
しかし既にメディアでは 「We all want to believe Shohei Ohtani. We all wanted to believe Pete Rose, too (我々は皆大谷翔平を信じたい、我々は皆ピートローズのことも信じたかった)」
といったヘッドラインが見られており、35年の隔たりはあってもスーパースターのギャンブル疑惑をどうしても同じ視点で捉えがちなのがアメリカの一部のメディア。
MBLがそれを歓迎しない最大の理由は、ピート・ローズ、大谷翔平という異なる時代のスーパースターが共に何等かの形でギャンブル疑惑に関与しているというイメージのせいで、
合法ギャンブルでメジャーリーグに賭ける人が減ってしまうことを危惧しているため。
スポーツ・ギャンブルは、ギャンブル業界だけでなく、業界と極めて有益な提携関係を結んでいるMLBにとってもドル箱ビジネス。
アメリカの合法ギャンブルの掛け金総額は、昨年1年間だけで1200億ドルを超えており、最高裁がギャンブルを合法にしたのが2018年であることを思うと
目を見張る勢いで成長しているビジネス。しかも現時点でスポーツ・ギャンブルが合法なのは全米50州のうち38州で、残りの州でも合法化が進めば更に増えるのがその収益。
ただでさえお金儲けが下手なMLBにとっては、従来通りにリーグ運営をしているだけで、どんどん入って来るギャンブル収入は願ったり、叶ったりの美味しいビジネス。
そんなギャンブル収入を他のスポーツに奪われないようにするためにも 今回のギャンブル疑惑はたとえ大谷選手が関わっていなかったとしても徹底解明の必要があると見られているのだった。
ちなみにアメリカでは スポーツ・ギャンブルが合法な州でも プロレスには賭ける人は皆無で、理由はプロレスが
リアリティTVのように筋書き通りに演じられるエンターテイメントとして捉えられているため。
そのためプロスポーツ・リーグの関係者は、「ギャンブル疑惑を野放しにすると、やがてはプロレスのような八百長まがいのスポーツというレッテルを貼られる」という認識を持っていると言われるのだった。
ところで、大谷選手が巨額の年俸の受け取りを先送りにして、ドジャースのサラリーキャップを考慮する計らいを見せたのは日米で大きく報じられたけれど、
同時に伝えられたのが 大谷選手がカリフォルニア州を離れた後に報酬を受け取れば カリフォルニアに税収が入らないとして、州議会が法律改正の動きに出たこと。
それに対して日本のファンの間から 「大谷が何処で年俸を受け取ろうと、大谷の自由」という意見が聞かれたというけれど、
それはアメリカでは通用しない考え。
そもそも これだけの年俸を支払えるのは大都市のチームだからこそ。加えて大谷選手がどんなに目覚ましい成績を上げても、
カンサスシティ・ロイヤルズの一員であれば、広告出演の機会から 世間やメディアの注目度までもが大きく下がるのは言うまでもないこと。
またスポーツチームは、警察による警備、スタジアム運営、優勝すればパレードなど、地元政府と税金による恩恵を受けて成り立っているビジネスで、
高額年俸を受け取る地元チームのプレーヤーがその地元で税金を支払うのはごく当たり前のこと。
デレク・ジーターも現役時代にフロリダ州のタンパに豪邸を建設し、オフシーズンをフロリダで過ごすことで、税金の安いフロリダでの納税を試みたことから、
ファンの大バッシングを受けたことがあったけれど、ジーターが直ぐにその考えを改めていなければ ヤンキー・スタジアムでブーイングが起こっていても全く不思議ではないのだった。
ロサンジェルス市民にしても、ニューヨーカーにしても、税金、物価、レント等、何から何まで高額なのを承知で、それでもロスやNYで仕事と生活をするのは
そこにお金や人脈、他の街には無いチャンスがうなっているから。その恩恵を 税金を払わずして受けようとするのは ”無賃乗車”に通じる恥ずべき行為で、
稼ぎが多ければ多いほど、それが批判に値するのと見なされるのがアメリカ社会なのだった。
Yoko Akiyama
執筆者プロフィール 秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。 |
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