数年前からアメリカ在住で子供が2人居ります。夫は日本人です。
先日知人宅のホームパーティーに出掛けました。そこで話題になっていたのが少し前(5月24日)にテキサス州のウヴァルディの小学校で起こった銃乱射事件でした。
子供が居るゲストが多かったこともあり、学校での銃乱射事件の恐ろしさや、今のアメリカの子供達にとって、避難訓練というと火災ではなく、銃乱射事件の避難である状況などを
話していたのですが、ひょんなことから会話を始めたカップルが 2人とも学校の教師でした。
「教師にとっては、ウヴァルディのような事件は本当に恐ろしい」と言っていたので、
「これだけ銃乱射事件が起こっているのだから、教師も銃で身を守るべきなのでは? 親としては教師が銃を所持してくれた方が安心できる」と私が言うと、
夫婦して 思い切り不愉快そうな表情で顔を見合わせました。
私はそのリアクションに驚いて「教師が生徒をかばって撃たれたりしているし…」と言ってみたのですが、
奥さんの方が ちょっときつい口調で 早口でいろいろ説明を始めました。でも私は相手の気分を害してしまったことで ちょっとパニックになっていたのと、
未だ英語が完璧には程遠い私には 奥さんの英語が早過ぎて、正直なところ何を言っているかがサッパリ分かりませんでした。
その場で「I'm sorry」と取り敢えず謝ると、ご主人の方が「子供の親も今はナーバスになっているから、そう考えるのも分かるけれど…」とその場を収めてくれて、
別の話題に移行しました。
後で夫にその時の会話について話して、私の発言の何が悪かったのかを訊いたのですが、夫も全く分からずで、
アメリカ人のママ友に尋ねたところ、彼女は私と同じ意見で「教師も銃を持ってくれた方が安全のような気がする」と言っていて、
私の言ったことの何が悪かったのかが未だに分からないままです。
秋山さんは教師のカップルが何故気分を害したか、お分かりになりますでしょうか。ちょっとQ&ADVの主旨とは違う質問かな?と思いましたが、
私は未だアメリカのカルチャーについても勉強中なので、もし私が知っておいた方が良いことがあったら
教えていただけると嬉しいです。よろしくお願いします。
- M -
アメリカでは2012年12月のコネチカット州のサンディ・フック小学校の銃乱射事件以来、948件の銃乱射事件が起こっています。
これは1週間に1件以上の割合です。そして1999年以来、30万人以上が学校での銃撃事件の体験者になっています。
事件を起こすのは 在校生、卒業生など、学校に関わる人物であるケースが殆どで、そのうちの93%が周到な準備をして犯行に及んでいます。
5件中4件は 「事件前に犯人が計画をほのめかしていた」という証言がある一方で、
4件中3件の割合で 事件前に何等かの形で学校側や警察に犯行の可能性が取り沙汰されたというデータが得られています。
にも関わらず 一向に事前に食い止めることが出来ていないのが実情です。
アメリカでは NRA(ナショナル・ライフル・アソシエーション)から多額の政治献金を受けている共和党保守派議員が
学校だけでなく、映画館など公の場所での銃乱射事件が起こる度に 「Only good guys with guns can stop bad guys with guns
(銃を持った悪人を止められるのは銃を持った善人だけ)」という理論を展開してきた結果、
学校に武装したガードを常駐させたり、市民に銃のオープン・キャリーを認めるなど、銃規制を緩めては銃が社会に溢れる状況をクリエイトしてきました。
ですがそれが全くの逆効果になってきたことは現状が示す通りです。また一度 銃撃事件が起こると、
Bad guys with gunsを止めてくれるはずの Good guys with gunsは役立たず、もしくは事態が落ち着くまで隠れて出て来ないことは
フロリダ州パークランドの高校での乱射事件や、Mさんも書いていらしたテキサス州ウヴァルディでの乱射事件で立証されていることです。
教員の銃所持については 全米で最もガン・フレンドリーなテキサス州が 前述のサンディ・フック小学校の事件直後に 全米に先駆けて州法で認めました。
ですが成人の銃の所持率が全米最高の45.7%であるテキサスでさえ、法律が施行されて約10年後の現在、銃で武装する教員は僅か7%に過ぎません。
その理由としては以下のものが挙げられます。
常識で考えても 海兵隊出身の教師でもない限りは、銃乱射事件で学校がパニックに陥る中で、半自動小銃や防弾チョッキで武装した犯人に対して ハンドガンで立ち向かうのは不可能です。
また上記の12については、ユタ州の教員がトイレの棚に乱暴に銃を置いた際に暴発して、トイレの一部が破損する事故が起こりましたが、
学校の保険でカバーされるのは 銃の扱いになれた警備員による被害だけで、保険会社は銃の扱いの素人である教員によるは被害まではカバーしないのが通常です。
13については、過去に何人ものプロスポーツ選手が パンツのポケットに入れていた銃で自分の脚を撃って怪我をしたことが報じられていますが、これはプロ選手だからニュースになったまでで、実際には
セイフティ・ロックをしていない銃で 誤って自分や家族に発砲する”アンインテンショナル・シューティング(意図せずしての発砲)”は年間平均で500件、すなわち1日に1件以上の割合で起こっています。
これはスクール・シューティングを上回る確率ですので、スクール・シューティングに備えるための銃のせいで 逆に自分や自分の周囲を危険にさらす可能性の方が高いのです。
結局のところ、暴力の解決は暴力には求められないということなのだと思います。
銃の問題とは別に、Mさんには アメリカの一部のスクール・ディストリクトでパンデミック以降、ワクチン接種とマスク着用、クリティカル・レース・セオリー、LGBTQ問題などを巡って
教師と父母の関係が悪化していることをご理解いただきたいと思います。
これは政治的意図によって操られている状況ではありますが、パンデミックの前からキリスト教保守派を中心に
「自閉症を恐れて子供にワクチンを受けさせない」と主張する親達が増え、パンデミックに入るとワクチン接種だけでなく、マスク着用についても「学校からルールを押し付けられるのではなく、
親の判断によって決めるべき」と主張する親達が全米各地で抗議活動を繰り広げていました。
しかし教員の中には免疫障害を持った人は少なくありませんし、感染リスクが高い高齢者やワクチンの対象にならない小さな子供と暮らしているケースも多いのです。
そんな教員たちは、自分の権利だけを主張をして 「ワクチンの摂取やマスクの着用をしない生徒を差別するな」と攻撃してくる親達に既にウンザリしていましたが、
そこへ来て浮上したのが「クリティカル・レース・セオリー」のムーブメントです。
これは白人生徒に人種的罪悪感を植え付ける奴隷制の歴史や、公民権運動の背景などを授業のカリキュラムから外すように要求するもので、
これも政治的な意図で煽られた親達が抗議運動を起こした結果、フロリダ州では51冊の教科書が不採用になり、
学校図書館からは奴隷制時代の小説や歴史書がどんどん排除されました。
特に共和党保守派が多いレッド・ステーツでは 歴史的事実を教えただけで「人種的洗脳」として親達の怒りの対象になる理不尽な状況が起こっているのです。
同様にLGBTQについても、その存在について学校で語ることさえ禁止する通称「Don't say gay」法がフロリダ州で成立し、これを巡ってディズニーとフロリダ州が対立したことは
大きなニュースになりましたが、同様の法律の可決を目指すレッド・ステーツの図書館からはLGBTQが主人公の小説等がどんどん排除されています。
Mさんがアメリカのどの州にお住まいかは存じませんが、今のアメリカ社会は特にレッド・ステーツで 父母と教師の溝は様々な形で大きく開いているのです。
アメリカの教員の給与は決して高くありません。放課後にUberドライバーをしたり、ウォルマートでレジを務めて生計を立てている教員も
少なくないほどで、一部の私立校を除いては 教員の仕事は 子供が好きで その教育に義務感や使命感を抱いていないと出来ない程に 給与に見合わない職種です。
もちろん一部には問題のある教員も居るとは思いますが、子供の教育を真剣に思いやる教師ほど パンデミック以降の
親達の感染防止への非協力的な態度や、自分達の思想を学校教育に持ち込もうとする姿勢に 批判的であり、半ば呆れているのが実情です。
ですので そうした身勝手で理不尽な親達のことを 日頃から嘆き合って居ると思しき教員夫婦が、
「教師も銃で武装した方が、親は安心できる」という Mさんの主張に、不愉快そうに顔を見合わせても決して不思議ではないと私は考えます。
勘違いしないで頂きたいのは、決してMさんが身勝手で理不尽な親と言っている訳ではありません。
ですが現在のアメリカ社会においては、子供を思いやるあまり、周囲に配慮や思慮が足りない親達が非常に多いように見受けられるのは紛れもない事実ですし、
そうした過保護で利己的なペアリンティングは子供に必ず悪影響を与えると私は危惧しています。
子供達を他人や周囲に配慮できる思いやりのある人間に育てる上げることはとても大切ですが、それと同時に与えられた情報を鵜呑みにして決め込むのではなく、
事実関係や複数ソースの情報から客観的に物事を判断するフレキシブルな思考を養うことも これからの時代を担う世代には非常に大切だと思う次第です。
Yoko Akiyama
執筆者プロフィール 秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。 |
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