Mar. Week 3, 2022
If Japan Was Attacked…
ウクライナのために戦わない米国、もし日本が攻撃されたら


秋山曜子様、
ロシアのウクライナ侵略が始まって、あっという間に戦争になってしまったことに驚いています。 もし日本があの状態になったらウクライナの人々のように戦わずに、あっさり降伏するか、何処かに逃げ出していたと思うので、ウクライナの人々は本当に 勇敢で愛国心があると思って尊敬しています。
日本でも毎日大きく報道がされていますが、日本人の私から見れば何故アメリカやNATO諸国がウクライナの人々のために戦わないのかが不思議でなりません。 「アメリカが世界の警察になるのに疲れたから、アメリカ国民が派兵に反対している。 だから日米安全保障条約があっても、アメリカは日本を守らない」という意見を良く耳にします。
私は日本にアメリカ軍の基地が幾つもあるのに、アメリカが日本を助けないなんてことは考えたくないこともあるのですが、 日本がスイスみたいに永世中立国になるべきというような意見もあって、 ウクライナでの戦争が日本の憲法改正に利用されるのではという疑いを持ちながら、報道っぽい座談会等を見ています。
秋山さんは「アメリカ人と同じ視点で日本が見られるように、日本のメディアは殆ど見ない」と以前コラムに書いていらしたのを覚えています。 そんな秋山さんはこうしたことに どんな考えをお持ちでしょうか。是非教えて頂けたらと思います。

- M -


アメリカの過去20年間の意識変化


今回のロシア軍のウクライナ侵略はニュースをチェックする度に心が重くなる思いです。 私の親友の1人はハリコフ生まれのウクライナ人で、今も親戚や友人がウクライナに住んでおり、子供時代を過ごした街がロシア軍に破壊される様子を見て、 血が煮えたぎるような怒りと、絶望が交互に押し寄せる一方で、ポーランドに向かって移動中の親戚、オデッサやキーウに住む友人達のことを心配する日が続いていると話しています。
NYは30万人のウクライナ移民が暮らす州とあって ウクライナに特に強いサポートを示していて、街中でブルーとイエローのウクライナの国旗やウクライナ・カラーにライトアップされた 様々なビルを見る度に 私もウクライナの人々の安全と一日も早い平和を祈って止まない毎日です。 そしてMさん同様 ウクライナの人々の愛国心と勇敢さにはただただ脱帽の思いです。 先日キニピアック大学が行った世論調査によれば、「もしアメリカが侵略されたら…」という問いに対して「残留して戦う」と回答した人々は55%、「国外に逃れる」と回答した人々が38%でした。

キャッチ・オブ・ザ・ウィークのコラムにも書きましたが、アメリカの世論調査では国民の80%以上がロシアへの経済制裁は強化しても、米軍を派兵しないバイデン政権の方針を支持しています。 その理由は2001年から始まったアフガニスタン、2003年からのイラク戦争が、アメリカにとってそれぞれ「長く続けるべきでなかった戦争」、 「最初から始めるべきでなかった戦争」であったことが大きく影響しています。
約20年というアメリカ最長の戦争となったアフガニスタンへの侵攻は9.11のテロの首謀者がオサマ・ビン・ラディンであるとして、その引き渡しを要請したアメリカ政府に対して、 当時のタリバン政権がそれを拒否したことから タリバンをテロ国家と見なしてアメリカ、NATO諸国を含む多国籍軍によって始まったものであることは周知の事実です。 9.11テロ直後の開戦時は 国民の大半が支持したのがこの戦争でした。しかしその2年後にはイラクが大量破壊兵器を保有しているという こじつけ的な理由で新たな戦争が始まり、 後にイラクには大量破壊兵器が存在せず、当時のジョージ・W・ブッシュ政権がテロ以前からイラク侵攻を目論んでいたことなどが徐々に明らかになり、 民主党、リベラル派を中心に「イラク戦争は最初から始めるべきでなかった戦争」という世論がどんどん高まりました。
その一方でアフガニスタンでの戦争についても「アメリカがベトナム戦争時と同じ過ちを犯して、泥沼化している」という見方が高まり、2011年にビン・ラディン暗殺計画が遂行された時には 「これでやっと長かった戦争が終わる」かと思われました。 その後、アメリカ軍は 新政権の安定、及び巻き返しを図るタリバンに対抗するための国防軍のトレーニングを目的に駐留を続けましたが、 米軍兵が自らトレーニングしたアフガン兵に殺害されるなど、そこからの10年間は多額の税金が戦費に費やされる米国民にとっては全く無意味に映るもので、 アフガニスタンからの撤退は2016年、2020年の大統領選挙で民主共和双方の候補が公約した課題になっていました。
すなわち長く続いたアフガニスタンでの闘いには 党派を問わず国民がウンザリしていた訳ですが、それと同時にアフガニスタンの男性の70%以上が 学校に行き、仕事をするようになった女性達に対し「余分な権利を与えすぎている」と考えているなど、アメリカが理想とする国家をアフガニスタン国民が望んでいる訳ではないこと、 イスラム教の文化や国民性を理解せずして 民主主義を上から押し付けても根付かないことをアメリカ政府と国民の双方が悟るようになりました。 そのためバイデン政権が2021年8月末で撤退する際の説明は「ビン・ラディン暗殺で戦争の目的は達していた」ことに加えて、「アフガニスタンの民主化を米軍が担う訳ではない」というもので、 撤退プロセスで猛批判を浴びたバイデン政権ですが、撤退理由については一切批判を浴びることはありませんでした。

1992年にジョージ・H・ブッシュ大統領がスタートした湾岸戦争の際には、その戦争への支持率の高さや、帰還兵の戦勝パレードのお祭り騒ぎを見て、 私はアメリカという国は”War Junkie/ワー・ジャンキー”だと思ったのを今でもはっきり覚えています。ですが過去20年の2つの戦争でアメリカの世論は大きく ”Anti War / 戦争反対”にシフトしました。 私が尊敬する建国の父の1人、ベンジャミン・フランクリンの語録に「There is no good war, There is no bad peace」というものがありますが、 この前半部分の意識をアメリカ人が強く持つようになったのは、過去2つの戦争を通じてだと私は感じています。
アメリカ国民は 今も「アメリカが世界のNo.1であるべき」という意識を強く持っていますし、現在アメリカを脅かす存在になっている中国が共産主義の人権弾圧国家であるだけに、 アメリカによるリーダーシップで世界が平和と秩序を守って行くべきという意識も強く持っています。 ですがそれを無益、もしくは不必要な戦争で行うということには国民が反対しているのです。

日米安保の心配をするよりも… 

現在の状況で最も危惧されているのは、アメリカを含むNATO諸国がウクライナに派兵することで戦争状態がヨーロッパ全土に広がり、第三次世界大戦に発展することです。 そうなればロシアが核兵器を使用するという意見が非常に多いだけに、NATO諸国は加盟国でないウクライナのために そのリスクを冒す訳には行かない状況です。
日本では ブダペスト覚書で、 ウクライナが核兵器を手放すのと引き換えに保証されたはずの安全が守られていないことを指摘する意見もあるようですが、 これを2014年のクリミア半島侵略であっさり破ったのがロシアです。 この時にはロシア側は「覚書を交わしたのは現在のウクライナ政権ではない」という主張をしましたが、ブダペスト覚書の内容はイギリス、アメリカ、ロシアが 「ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンの独立を保証し、攻め入らない」、「これらの国が侵略の対象となった場合には国連安全保障理事会に対策を依頼する」というもので、 これらの国への侵略に対して派兵して戦うというNATOのような条項は記載されていません。
それだけにクリミア戦争以降、ウクライナ国民は「何時かはロシアが攻めて来る」という意識を持って生活してきたとのことで、 ウクライナでクリプトカレンシーが世界5位と言われるほど普及していたのも、ある日突然家を捨てて避難する日が来た時や、 自国通貨の大幅下落に備えてのものでした。 恐らくそんな状態で暮らしてきたからこそ ロシア侵攻に際して 戦う意識を強く持っていたものと思いますし、 だからこそロシア侵攻が迫っていると警告されても 「過去何年もそう思って生きて来たから…」と パニックにならない国民が多かったのだと思います。

ブダペスト覚書を拡大解釈している人の中には、「日米安保条約も簡単に破られる」と考える人も居るようですが、 ロシアはさておき、アメリカとイギリスはブダペスト覚書を遵守しています。またアメリカにとって半世紀以上に渡って 東アジアの軍事拠点として重要な役割を担い、 世界最多の米軍施設が点在し、世界最多の米軍兵士及び職員を送り込んでいる日本との「条約」を 「覚書」の効力と一緒に見なすのは不適切だと私は考えます。 毎年どれだけの国費が日米双方によってこの条約のために支払われているかを考慮してもそれは明らかです。
Mさんのメールに書かれていた「日本がスイスのような永世中立国になる」ことについては、そうなれば日本は長年のアメリカとの同盟関係と安全保障を失うことを意味しますが、 そもそもスイスが永世中立国になった理由であり、永世中立国として意味と価値があるのは、 同国が陸続きでフランス、ドイツ、イタリア等複数の国々と国境をシェアしているためです。スイスと国境をシェアする国々にとっては どんな状況でも スイスがどの国にも寝返ることが無い状況は安全を意味します。スイス国民は周辺諸国と同一民族でフランス語、ドイツ語を話し、英語にも堪能で、政治思想だけでなく 物の考え方全般が極めてニュートラルです。 今回のロシアへの経済制裁には珍しく部分的に参加したものの、それでもプーチン大統領が愛人とその子供を送り込むほどに中立国としての信頼が確立されていますので、 欧州における永世中立国スイスは 陸続きの周辺諸国にとって 特に逃げ込む際に 非常に重要かつ有益な存在なのです。
スイスは軍備に多額の費用を投じており、20歳から30歳の男子全員に徴兵制度があります。 そうした自衛軍備に加えて、スイスのような永世中立国になるには周辺諸国が攻め入らない保証が必要となりますが、日本の場合それを取り付ける相手は言語も思想も異なる海を隔てた隣国で、 それには中国、ロシア、北朝鮮が含まれます。 この3国からの保証が 果たして保証と言えるのかは過去数年の3国の動向を振り返るまでも無く明らかです。

その日本は中国と強力な貿易パートナーであることから、欧米のメディアの中には「アメリカが台湾を中国から守ろうとした際に、日本とのアライアンスは本当に信頼できるのか?」と、 逆の立場を危惧する論調も見られていました。 現時点のアメリカの日本に対する国民感情はと言えば、日本経済がアメリカにとって大きな脅威であった1980年代末から90年代初頭にかけてはジャパン・バッシングが激しく、 当時はパールハーバー・アニヴァーサリーの報道1つをとっても、日本人として肩身が狭い思いをするほど日本に厳しいものでした。 日本の国民性や日本のカルチャーもいろいろな形で誤解されており、そのことは当時のNYタイムズのようなメジャー・メディアの報道にも現れていました。 しかし過去30年間のグローバリゼーションとインターネットの普及、日本食のブームを超えた浸透ぶり、 そして何よりバブルが弾けて日本が経済的脅威ではなくなったことにより、アメリカにとって日本は無害で信頼できる友好国になりました。
代わって大躍進を遂げた中国は アメリカにとって経済面だけでなく、政治、軍事面での脅威となっていると同時に、 アメリカの価値観の基軸である民主主義、人権、自由を脅かす国家であることから、国民は好き嫌いのレベルを超えた大きな警戒感を抱いています。 そんな中国に加えて、北朝鮮に対するアメリカ国内の警戒意識が高まれば、高まるほど、日本が重要なパートナーに感じられるのは 政府レベルでも国民感情でも同様です。
前述のようにアメリカ世論は 以前のように軍事的解決は支持していませんし、今のアメリカに一強として君臨するだけの力が無いことも理解しています。 ですから国際間の協調を重視する姿勢にシフトしているのは紛れもない事実で、そんなアメリカの配慮は制裁措置に際しての欧州諸国との協調、配慮にも現れていたと思います。

それとは別に、今回のロシア軍ウクライナ侵攻以降のアメリカで、企業が即座にロシアでのビジネス停止に踏み切らざるを得ないほど ESGが浸透し、僅か1週間程度で50億円を超えるクリプトカレンシーの寄付がウクライナに集まったかと思えば、エアbnbを通じて宿泊できる状態ではないウクライナのホストに 「平和になったらハグしに行くから…」といったメッセージと共に寄付が寄せられ、ニューヨーカーがウクライナ・レストランに大行列を作ってサポートを示すなど、 抗議デモだけでなく、人々が自分達に出来ることを確実に実行する様子に、私は移民の国の正義と優しさを強く感じています。
アメリカが他国の問題に動くと、「何にでも首を突っ込む」というイメージを持つ諸外国の人は多いのですが、アメリカは移民の国であり 移民の多くは二重国籍、時に三重国籍が全く珍しくありません。 移民の親達はアメリカ人として生まれた自分の子供にも必ず母国の国籍を持たせますので、複数の母国を持つアメリカ人は決して少なくありません。 アメリカが他国のために動いている時には、その国から来ている移民がアメリカ国内で政府や世論に様々な活動や働きかけを行っているということは理解しておくべきだと思います。
前回のコラムでもふれましたが、世界は日本国内から眺めている以上に複雑で深い側面を持っていますので、私は出来る限り多くの日本人が 外国に出て、世界を学ぶことが日本の将来を守る最善の手立ての1つだと考えています。 そしてウクライナの殆どの人々が西側メディアの取材に英語で現地の状況を訴えていたように、何か事が起こった時に一般国民が英語でメッセージを発信できることも 世界中のサポートを得るためにとても大切だと実感した次第です。

Yoko Akiyama


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執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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