今週のアメリカでもトランプ政権が進める凄まじい政策が猛威を振るったけれど、まず軽いところからお伝えすると、
ルビオ国務長官がエルサルバドルと合意に達したのが、同国が国籍を問わずアメリカからの不法移民を受け入れる取り決め。
エルサルバドルと言えば、犯罪者を裁判無しで悪名高き巨大刑務所に送り込むことで人権団体から批判される存在。
そこに送り込まれるのは不法移民だけでなく、服役中のアメリカ人犯罪者も移民と共に移送され、
国内の刑務所よりは安いとは言え、エルサルバドルにフィーを支払うビジネス契約。
この事態を受けて”トランプ株”と呼ばれ、トランプ氏当選以来50%上昇していたプライベート刑務所の株価は1日で8%下落。
しかし移送費は高額で、例えばグァテマラに不法移民を軍用機で移送した費用は、1人当たり商用ファーストクラスの4倍の費用が掛かったことが指摘されていたのだった。
また今週トランプ政権は、ヴェネズエラから一時的に受け入れた34万8千人の合法移民の滞在&労働許可をキャンセル。
トランプ大統領就任以来、今週までにICE(移民局)が逮捕した不法移民は約8000人。
現在アメリカ各地では、移民狩りを恐れる不法移民労働者が出勤を控えることから 休業に追い込まれるレストランや工場が増加中。
先週ICEの捜査ターゲットになったシカゴでは、そんな移民達を守るために 街の住民がICEを尾行しては
手入れが行われる場所を随時レポートし合い、逮捕者数を最少限に止めており、
そんな対策が街ぐるみで行われる理由は、都市部の小規模ビジネスにとって
賃金が安く、真面目に働く不法移民は経営の命綱であるため。ありとあらゆるコストが上がり続ける現在、
人件費を増やすことなど論外。それ以前に多少賃金を上げたところで、不法移民がしていた業務を請け負うアメリカ人労働者など そもそも存在しないのだった。
先週末に発表され、株式市場を大暴落させたのがカナダとメキシコに対する25%のTariff(関税引き上げ措置)。しかしカナダとメキシコが国境警備強化に合意したという理由で、
実施を直前に控えた今週月曜に発表されたのが1カ月の先延ばし。
とは言ってもカナダとメキシコは、昨年12月の時点で今回の警備強化を申し出ており、この発表はあくまでトランプ氏の顔を立てる形で行われたもの。
延期されたとは言え、カナダ国民の対米感情は史上最悪レベルで、NBA、NHLの試合前のアメリカ国歌斉唱でブーイングが起こったのに始まり、先週末から始まったのがアメリカ製品のボイコット。
これによって大打撃を受けるのがレッドステーツ、特にケンタッキー。というのもカナダはケンタッキー産バーボンの最大の輸出先。先週末の時点で多くのリカー・ストアが
アメリカ製バーボンを陳列棚から排除しており、Tariffが延期されてからも カナダ政府には カナダ製商品を一目で見分けるための表示を求める声が消費者から寄せられていたのだった。
カナダ国民は1カ月後にトランプ氏がまた同じ脅しをかけて来ると確信しており、トランプ氏が事ある毎に連発する「カナダはアメリカの51番目の州になるべきだ」という発言にも猛反発。
そのため国を挙げて アメリカへの貿易依存から脱却する取り組みを始めており、アメリカの輸入原油の60%を供給するカナダは今週、中国への原油輸出を発表したばかり。
ちなみにTariffの次なるターゲットと言われるEUも、アメリカ製バーボンに対する50%の関税を始めとする、レッドステーツからの輸入品に対するカウンター措置を計画しているのだった。
一方、予定通りに2月4日から10%の関税上乗せが実施されたのが中国。アメリカで生産される薬品原料の3分の1を供給し、アメリカで販売されるスマートフォンの78%、ラップトップの79%、ゲーム機器の87%が中国からの輸入品。
さらに武器やEVバッテリーの生産に不可欠な金属やミネラル、そしてアパレルやアクセサリー、玩具、及び生活用品の多くを中国からの輸入に頼っているのがアメリカ。中国はアメリカからの輸入品に対して15%のカウンターTariffを課す
臨戦態勢ではあるものの、実施は2月10日から。それまでに両国間で交渉が持たれる見込み。
もし中国のTariffが数ヵ月続いた場合、アメリカ一般庶民の生活費はスマートフォンやコンピューターといった高額アイテムを購入しなくても、年間で800ドル以上アップするとのこと。
その中国へのTariffは、開始から僅か4日目には国民、特にTEMUやSHEINでオンラインショッピングをする人々の「関税だけで100ドル以上になる」という苦情と怒りがソーシャル・メディアに溢れたことから、
アパレル等、安価なアイテムを例外とする大統領令を発動する事態に見舞われているのだった。
ウォールストリート・ジャーナル紙は、トランプ氏のTariffを「史上最も馬鹿げた経済政策」というヘッドラインで社説を掲載したけれど、それを更に超える馬鹿げたプランとして今週大きく報じられたのが、
アメリカがガザ地区を所有し、爆弾や地雷を全て撤去し、温暖な気候に恵まれたビーチ・フロントを ”中東のリヴィエラ”としてリゾート開発する トランプ氏の意向。
これが発表されたのは火曜日にイスラエルのネタニアフ首相をホワイトハウスに迎えての記者会見の席で、ガザ地区の200万人のパレスチナ人をヨルダンとエジプトに受け入れさせるというこの案には
パレスチナ人はもちろん、世界中から猛批判が寄せられたのは周知の事実。
中でも長年に渡ってトランプ氏を裏から支えて来たサウジアラビア政府が即座に否定したのが、まるで同政府がこの案をサポートしているかのように語ったトランプ氏の発言。共和党は
トランプ氏を恐れるあまり この非現実的な案をサポートする議員と 猛反対する議員に分かれたけれど、
トランプ氏を長く支持してきたMAGA勢力は 「そんなことより インフレ対策はどうなっている?」と、グリーンランドやパナマ海峡に次いで、またしても選挙公約になかった案件に脱線する様子に反発。
X上には生成AIがクリエイトしたガザのトランプ・ホテルやトランプ・タワーのビジュアルが数多く登場しており、
これにはロシアの国営メディアも反応して 「それでもアメリカ・ファースト?」、「イスラエル・ファースト、アメリカ・セカンド?」という左上のアンケートをX上で実施。
翌日にはホワイトハウス報道官が、「大統領は爆弾回収のためにアメリカ軍をガザに派遣するとは言っていない、アメリカ国民がガザ再開発の費用を負担する訳ではない」と
必死の弁明をしたものの、イスラエル国内にはトランプ氏の姿とアメリカ国旗をフィーチャーした 「トランプ大統領、ありがとう!」の横断幕が複数個所に登場していたのだった。
今週最大の物議をかもしたのが、トランプ氏とイーロン・マスクによる政府機関閉鎖ラッシュ。
自身に対する刑事訴追の復讐に燃えるトランプ氏は、司法省とFBIのトップを理由の提示無しに恐ろしいスピードで解雇しており、
次いで標的になったのが2021年1月6日の議会乱入者を逮捕した6000人を超えるFBI捜査官。トランプ政権はその捜査官全員のIDを公開すると宣言しているけれど、
CIAやFBIの捜査官のIDは、潜入捜査のためだけでなく、本人やその家族が犯罪組織の報復や誘拐の対象になるのを防ぐために極秘扱いされる情報。
FBI捜査官のIDを公表することで、トランプ政権がプラウド・ボーイズを始めとする白人至上主義暴力団による報復を期待しているのかは定かでないものの、
「今後、政権に歯向かえばどうなるか…」という脅しになることは確実視されているのだった。
その一方で、トランプ政権が230万人の政府職員に対し、「2月6日までに辞表を出して、9月まで給与を全額受け取るか、このまま居座ってDOGE(政府効率化局)による解雇対象になるか」という
肩叩きメールを送付したことは先週のこのコーナーでお伝えしたけれど、締め切りまでに辞職を申し出たのは約6万人。10~20万人の目標値には達しなかったけれど、
裁判所が「政府にはその権限は無い」との判断を下したことから、一旦ペンディングになっているのが現在。
それとは別に先週末からターボの勢いで政府機関閉鎖と職員解雇に動いているのがDOGE。
まずは過去60年に渡って 海外での人道支援を行ってきたUSAID(米国国際開発庁)を「修復不可能な犯罪組織」と位置付けて閉鎖。
同庁は2023年には連邦予算の1%以下に当たる400億ドルの予算で 世界130カ国以上の
支援を行い、その中に含まれるのがウクライナ戦争支援、アフリカでのAIDS感染予防、紛争地帯の女性の保護、スーダンやコンゴといった政情不安の貧困国での清潔な飲料水や食糧、抗生物質の提供。
その閉鎖は上のビジュアルにある通り、世界一の大富豪が世界で最も貧しい人々から援助を奪った状況。しかしマスクは閉鎖理由として
「USAIDが税金でCOVID-19を含む生物兵器研究に資金を提供した」と、
かつてロシアが発信したプロパガンダを2億1500万人のフォロワーに向けてツイートしたことから、USAIDの職員は大激怒。
さらにマスクは、ポリティコ、アソシエート・プレスがUSAIDから払い受けていた ”プロ・サブスクリプション・フィー”を、
「洗脳報道をするための情報操作資金である」という虚偽を吹聴。2社がUSAIDにコントロールされたプロパガンダ・マシンであるとして、まことしやかな資料を添付してXに投稿。
しかしこれは2社が世界各国の政府機関や大企業に対し、膨大なデータベースや広範囲の情報提供を行う特別なサービスの料金。どこの国の政府機関でも100万ドル単位の
サブスクリプション・フィーを支払って利用するのはごく普通のことで、2社の報道内容を操作するものでないことは明らか。
マスク自身も、事前に 「政府がメディアに払っている多額のサブスクリプションフィーをカットする」と宣言していたので、彼はこの支払い内容を知りながら、
USAID閉鎖を正当化するための印象操作を行ったと見られるけれど、その虚偽がX上の添付資料内容を実際にチェックしたユーザーによって暴かれたのは皮肉な展開。
しかし彼のディスインフォメーションは、国内外の極右保守派やネオナチ・インフルエンサーによって大きく拡散されたのだった。
週末にはマスクがUSAID閉鎖に躍起になった理由が判明しており、それはUSAIDが マスクが経営するスペースX傘下のスターリンクとウクライナ政府とのコントラクター契約について捜査していたため。
ロシア侵攻後のウクライナにインターネット・アクセスを提供してきたスターリンクは、ウクライナがロシア領土に攻め入った途端に
「自社テクノロジーを侵略に利用されたくない」という理由で インターネット・アクセスを遮断して非難を浴びており、その際に明らかになったのがマスクが戦争前からロシアのプーチン大統領と個人的にコンタクトを続けていた事実。
トランプ政権が掲げる政府の無駄や、堕落した官僚制の排除とは、結局のところ自分達を捜査対象にした部署への報復を兼ねていることが浮き彫りになっているのだった。
こうした一連の事態と行き過ぎた不法移民狩りを受けて全米各地で抗議活動が起こり続けており、怒りの矛先は 本来ならば議会承認が必要な政府機関閉鎖を、
民間人、それも政府コントラクターという立場で行うイーロン・マスクに集中。「イーロン・マスクに何の権限がある?」と疑問を抱く国民がグーグル検索をした結果、
マスクに関するサーチは前年比の7倍にアップ。アンケート調査でも 共和党支持者までもが マスクに対しては圧倒的にネガティブ意見。
しかしホワイトハウス報道官は 「選挙戦中からトランプ氏はイーロン・マスクを政権に迎えることを明らかにしてきた。
国民がトランプ氏を選んだということは、イーロン・マスクの役割についても認めたということ」と、マスクによる
権力行使を擁護する姿勢を貫いていたのだった。
週明けからメディアが報じ始めたのが USAIDのコンピューター・システムを短時間で完全にコントロール下に置いたDOGEの6人のメンバーのID。
彼等はイーロン・マスクによって選ばれ、トランプ氏とは顔を合わせたことさえなく、年齢は19歳~25歳。
2名を除き、社会経験はほぼゼロで、1人は大学に入学したばかり。政府機関の構造や業務、それが国民に与える影響を
理解していない一方で、イーロン・マスクを神より偉大だと考えているとのこと。
そんな彼らは精鋭のエンジニア、プログラマー、ハッキング集団という訳ではないことを WIRED誌が報じているけれど、
USAIDの上級スタッフさえ立ち入りが許されなかったフロアに陣取って寝泊まりし、そのうちの1人は妻と幼い子供まで連れ込んでいた様子が
職員達を呆れさせていたのだった。
特に今週、国民と政府関係者を恐れさせたのは、元ヘッジファンダーの新財務長官、スコット・バッセルの許可を得て、DOGEが6.3兆ドルの政府予算を動かす
財務省のコンピューター・システムへのフルアクセスを実現したこと。
これに反対した財務省歴30年の最上級職員はその場で解雇され、これによってDOGEがアクセスしたのが国民全員のソーシャル・セキュリティ番号、社会保障、メディケア、メディケイドといった健康保険や納税額を含む
センシティブなパーソナル・データ。そしてDOGEでマスクの補佐官を務める元スペースX社員、Marko Elez/マルコ・エレス(25歳)は連邦決済システム・コードを書き換えたと言われ、
裁判所がこのアクセスを違法と判断した途端に、財務省上級ITスタッフが取り消したのがDOGEのアクセス権。
しかしその段階で膨大な情報がDOGEサーバーにコピーされたとの噂もあり、そうだとすれば今年からVISAカードとのタイアップで X上で支払いシステムを導入するマスクにとって、その情報は金融ビジネス参入の最強の武器。
コードを書き換えたマルコ・エラスは、DOGE参加前に削除していたソーシャル・メディア・アカウントが人種差別や優生学のウェブサイトとリンクしており、「自分は人種差別がクールになる前から人種差別主義者だった」といった
ポストをしていたことが発覚して、木曜にはDOGEを辞任。しかし翌日にはマスクが再雇用したとのことで、ホワイトハウスと財務省は、あくまで「DOGEによるアクセスやマルコ・エレスによるコード書き換えの事実は無い」と否定しているのだった。
期間限定で存在する非公式政府機関DOGEが政府予算を動かす財務省のシステムにアクセスするのは違法どころか犯罪行為。
しかし先週のこのコラムで書いた通り、昨年の最高裁判決によりトランプ氏は大統領任務として行っている限りは、
何をしても罪に問われない特権を認められたアメリカ史上初の大統領。そしてマスクやDOGEスタッフの罪を問おうとしても、
トランプ氏の恩赦によって無罪放免になるのは織り込み済の事実。したがって最高裁がトランプ氏に与えたフリーパスは、事実上イーロン・マスクとDOGEに対しても与えられているということ。
一方、マスクを財務省のシステムにアクセスさせたバッセント財務長官は、今週CFPB(消費者金融保護局)の業務停止を命令。CFPBは、クレジット・カードの支払遅れや銀行の残高不足で課せられる罰金や
ローンの利息、航空会社の手荷物料金や、チケット再販に上乗せする利益といった過剰なフィーを取り締まり、法外なオーバーチャージをする企業を訴えては 不当に得た利益を
消費者に払い戻してきた「政府機関の中で最も国民寄り」と言われてきた部門。
しかしトランプ政権下では、同局の骨抜きと消費者保護法撤回が行われることから、諸手を挙げて歓迎しているのが大手銀行や大企業。実際に銀行や航空会社が手数料や手荷物フィーで得る利益は年間でビリオン、
すなわち10億ドル単位なのだった。
借金やローンを抱え、生活保護を受ける貧困層にとっては、先行きが恐ろしい状況になってきたけれど、そんな貧困層が圧倒的に多いのがトランプ氏の支持基盤であるレッド・ステーツ。
イーロン・マスクの次なるターゲットは国税局と教育省。そして食品医薬品局を含む健康保険庁も大幅人員カットが秒読みと言われる中、マスクは今週、彼が経営するニューラリンクが人間の頭脳にAIチップを埋め込んだ
手術について捜査していた女性職員を、理由も無しに、そして権限を持たないにも関わらず解雇。
そんなマスクの権力拡大は中国政府にとっては追い風と見られており、テスラの上海ギガファクトリーが中国国営銀行からの14億ドルの融資で賄われていることはリベラル・メディアは報じても、保守メディアが報じない事実。
中国の2017年国家情報法では、国内で事業を展開する企業や個人に対し、中国当局には情報やコンプライアンスを要求する広範な権限が認められており、マスクはテスラの工場を維持するためは
中国政府が望む情報を提供しなければならない立場。ホワイトハウスと、財務省が「DOGEにはシステムへのアクセス権がある」と主張せず、アクセスした事実を否定したのも、
マスクと中国政府の深い関係を指摘された際の防御策と見られているのだった。
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執筆者プロフィール 秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。 |
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