June 5 〜 June 11 2023

"Air, PGA, Messi, Vision Pro, Etc."
大気汚染、PGA合併&メッシ、ヴィジョン・プロ、レインボー・マーケティング


今週のアメリカで最大の報道になっていたのは、5月中旬から続いていたカナダの大規模な山火事の煙がもたらした歴史的な大気汚染のニュース。
特にNYは水曜に世界の都市で最悪、観測史上においても最悪の大気のコンディションを記録。ヤンキーズVS.ホワイトソックス戦を含む全てのアウトドア・イベントがキャンセルされ、 グーグルを始めとする主要企業が自宅勤務を言い渡し、空港は視界不良のための航空便の遅れとキャンセルが相次ぐ異常事態。 夕日でもないのにオレンジ色に染まった空と、不快に淀んだ空気を恐れたニューヨーカーが、 パンデミック中に嫌がっていたマスクをこぞって着用していたのがこの日。
エア・クォリティの指針に用いられるEPAインディケーターでは、「50以下が安全、150で屋外のエクササイズを控える、250以上で不必要な外出をしない」というのが目安になっているけれど、 水曜午後3時のNYはそのレベルが400。その状態で屋外に居ることは、ニコチン不在の喫煙を続けるのと全く同じと説明されていたのだった。 翌日、木曜からの大気の状態はかなり改善されたものの、カナダの山火事は止まるところ知らず。既に380万ヘクタールを焼き尽くし、これは通常の年間山火事被害の15倍に当たる規模。 週末の段階では、250箇所のアクティブな山火事が記録されているのだった。
アメリカにとっても山火事は年々悪化する深刻な自然災害で、年間の被害総額は今や1250億ドル。今後エル・ニーニョの影響でアメリカでも昨年を上回る山火事被害が見込まれており、 それを受けて山火事が多いカリフォルニア州からは、大手保険会社2社が相次いで撤退したばかりなのだった。



PGA合併で勝利、メッシ獲得で敗北したサウジ


今週報じられたスポーツ界の2大ニュースと言えば、火曜日に報じられたPGAとサウジのLIVゴルフの合併のニュース。そして水曜に報じられたリオネル・メッシの メジャーリーグ・サッカー(以下MLS)、マイアミ・インターへの移籍ニュース。
PGAとLIVについては、過去2年間に渡って LIVがその有り余る資金で一流プレーヤーをPGAツアーからリクルートし、 PGAとは敵対関係であっただけに、この合併はゴルフ界のインサーダーでさえ予測出来なかったサプライズ。 その原動力となったのも、言うまでも無くサウジのオイル・マネー。 PGAツアーとLIVの間では現在法廷闘争が繰り広げられており、その長期化が確実視される中、サウジアラビアにあって、PGAに無いのがそれを闘い続ける法廷資金。
合併の勝ち組は 言うまでもなくサウジ側、及び一早くサウジ・マネーを受け取って、「金の亡者」と言われながらもLIVに移籍していたゴルファー達。 負け組と言われるのがPGAツアー、そして知らない間に 今まで拒絶してきた サウジ・リーグの一部にされてしまったPGAプレーヤー達。 買収のリアクションは「これでリーグが1つになって ゴルフ界が潤い、人気も高まるはず」という歓迎の声と、 「PGAはスポーツの正義と魂を金で売り渡した」と批判する声に分かれていたのだった。
PGAプレーヤーの中には、今も9.11の首謀国であり、ワシントン・ポスト紙のジャーナリスト、ジャマル・カショージを殺害する等、多数の人権問題を抱えるサウジアラビアとは関わりたくないという声は多いようで、 特にLIVへの嫌悪感を示していたのが その5億ドルの勧誘を拒み続けたロリー・マキロイ。 しかし「長い物には巻かれるべき」と考えるPGAプレーヤーの間では、彼の強固な批判姿勢に反発する意見も聞かれ、合併後のリーグのトップも マキロイを敵視する発言をしていたのが今週。
PGAに至っては、LIVゴルフが トランプ前大統領が所有するNY、NJのゴルフ・コースでトーナメントを開催した際に 9.11テロの遺族を引っ張り出して、 「テロ現場にこれほどまでに近い場所で サウジのリーグがトーナメントを行うのは、遺族の感情を逆なでする行為」と、その抗議活動を煽り、愛国心と正義を振りかざしていたにも関わらず、 あっさりサウジ・マネーに屈服したことが大きなマイナス・イメージになっているのが現在。 いずれにしても この合併はまだファイナライズされていないだけに、まだまだひと悶着あるという見方も有力なのだった。

一方、そのサウジ・マネーを注ぎこんでも獲得することが出来なかったのがサッカー界のスーパースター、リオネル・メッシ。 サウジアラビアはメッシに対して自国のサッカー・リーグでのプレーを5億ドルでオファーしていたことが伝えられていたものの、 火曜日に発表されたのが MSL インター・マイアミへのメッシの移籍。
その契約を資金面でバックアップしたのがMLSの主要パートナーであるアディダスとアップル。 この2社が メッシに対して収益利益配分を支払う条件が マイアミ・インターに勝利をもたらしたと言われるのだった。
特にアップルは向こう10年間の MLS独占ストリーミング権に25億ドルを支払ったばかりで、メッシの移籍がストリーミング・サブスクライバー増加に繋がるのは言うまでもないこと。 移籍発表直後には、早速アディダスがメッシのインター・マイアミのジャージーをプロモートし、アップルTV+もメッシのドキュメンタリー制作に入ることを発表し、早くもビジネス・モード。 「サウジ・マネーに勝つには、それより多額のマネー」という現実を感じさせていたのだった。
サウジアラビアは2030年のワールドカップ開催誘致に動いて久しく、カタールやアブ・ダビと共に そのオイル・マネーに物を言わせてサッカー界をどんどん牛耳っているのが近年。 今回サウジは プレーヤーとしてメッシを獲得出来なかったものの、彼を多額のギャラで サウジアラビア観光局の広告塔として起用しており、 同様の観光アンバサダーは マイアミ・インターのプレジデント、デヴィッド・ベッカムも カタール政府から10年間で約19億ドルの契約料を受け取って務めているのだった。



アップルの高額VRヘッドセットのインパクト


今週月曜にWWDCこと アップル・ワールド・ワイド・デヴェロッパーズ・カンファレンスでデビューしたのが、アップル社が手掛けた初のメタヴァース・ヘッドセット、その名も”ヴィジョン・プロ”。
「未来的なスキー・ゴーグルのよう」と表現されたヴィジョン・プロのお値段は課税前で3,495ドル。 先週 フェイスブックの親会社、メタが発表した同様のヘッドセットの最新モデル、クエスト・プロの安価モデルが 500ドルであることを思うと、これはかなりの高価格で、 「発売と同時にステータス・シンボルになるだろう」とも見込まれるのだった。
そのヴィジョン・プロは、VRとARの機能を融合したヘッドセット。VR、ARを一応おさらいしておくと、以下のとおり。
VR (ヴァーチャル・リアリティ/仮想現実):ユーザーが現実世界とは切り離されて、仮想の世界で様々な経験をする状態
AR (オーギュメンテッド・リアリティ/拡張現実):ポケモンGOのように、現実の世界に 仮想の物体やキャラクター等のデジタル・コンテンツが登場し、実世界と連動した体験が提供される状態。
ヴィジョン・プロは12個のカメラを備え、AR環境とVR環境の切り替えが可能。コントロールは目の動き、手のジェスチャー、音声を通じて行われ、中でも視線の動きへの対応は、このヘッドセットをトライした人々が「Magic!」と賞賛する優秀さ。 それを可能にしているのがヴィジョン・プロに搭載されている最新半導体で、センサーからの情報を 瞬きよりも短時間で 処理するパワーを持つとのこと。 ヴィジョン・プロはディズニー・プラスのストリーミング、マイクロソフトのオフィス・スウィート、アドビのアプリに対応しており、発表後にはディズニー株とゲーム開発会社 ユニティの株価が上昇していたのだった。
とは言っても、ヴァーチャル・リアリティやメタヴァースは、まだまだビジネス界では二ッチ・カテゴリー。 パンデミック中には メタヴァースに対する期待と開発欲が一気に高まったけれど、2023年に入ってから5月までにメタヴァース関連のスタートアップ企業が集めた資金は約6億6,400万ドル。 多額の資金調達とは言え、この数字は前年比77%減。VC (ヴェンチャー・キャピタル)や大手企業の関心をAIに奪われているのが現時点。
ヴィジョン・プロのレビューは賛否両論で、懐疑論者たちは「メタヴァースはニーズの少ないテクノロジー、そのためのディバイスに誰がこんな高額を支払うか?」という声に混じって、 「スティーブ・ジョブス亡き後のアップル製品同様に、ディバイスのデザインがアグリー」という意見が聞かれていたのだった。 しかし肯定派は、「もしメタヴァースをメインストリームに出来る企業があるとすれば、それはiPhone、iPad、Macユーザーで20億人のエコシステム(普及のための地盤)を持つアップルである可能性が極めて高い」という見解。
実際にアップル社は過去に iPodでポータブル・デジタル・ミュージック・プレーヤーという新しい市場を切り開いており、 iPod発売前の2000年には 僅か330万人であった ポータブル デジタル ミュージック・プレーヤーのユーザーを 2004年には2,640万人にまで拡大。 その数年後にも、アップルは iPadで タブレット というカテゴリーを生み出し、今では米国世帯の64%が最低1台所有するまでに普及したのがタブレット。
ヴィジョン・プロは テクノロジーの進化に伴って 安価な普及版の登場が確実視され、エンターテイメントよりも ビジネスにも用いられることで 大きくニーズとユーザーの拡大が見込まれるもの。 車の試乗や不動産の内見等、ヴァーチャル・リアリティを直ぐに有効活用できるビジネスは非常に多いことが指摘されているのだった。



LGBTQプライド月間に苦しむレインボー・マーケティング


毎年6月はLGBTQプライド・マンスとして、各企業がLGBTQのシンボルであるレインボー・カラーの商品を手掛け、その売り上げの一部がLGBTQをサポートする団体やチャリティに寄付されるのは毎年のこと。 全米各地で行われるプライド・パレードは年々規模を拡大しているけれど、今年に関しては企業のレインボー・マーケティングが大きな物議を醸しているのだった。
まず春先からバッシングを浴びて来たのがバドライト、及び親会社のアンハイザー・ブッシュ。原因は3月からバドライトの缶にトランスジェンダー・インフルエンサー、ディラン・マルヴェイニーをフィーチャーしたこと。 それをマルヴェイニーがインスタグラム・ビデオで「女になって365日の記念に、バドライトが(自分の姿を缶にフィーチャーして)祝福してくれた」と誇らしげにプロモートしたことから、 保守右派&アンチLGBTQグループ間で始まったのがバックラッシュ。 非買運動が起こったのはもちろん、ソーシャル・メディア上にはバドライトの缶を銃で撃ったり、車で轢いたりするビデオが溢れ、バドライトの工場には爆弾予告が相次ぎ、 当然の事ながら株も暴落。5月まで売上が25%下落したことを受けて、アンハイザー・ブッシュはマルヴェイニーをフィーチャーした缶を回収。必死のダメージ・コントロールを試みているのだった。
続く失態を演じたのは大衆量販店のターゲット。毎年プライド・マンスにはレインボー・カラーのアパレルやグッズを販売してきた同チェーンが今年発売したのが、LGBTQの着用を考慮した 股の部分を幅広にデザインした女性用スイムウェア。このプロダクトもバドライト同様に保守右派&アンチLGBTQの反感を買い、 株価が暴落。 ターゲットは商品を撤去したけれど、それが今度はLGBTQコミュニティ、及びそのサポート・グループからの反発を招き、 逆方向からもバッシングされる事態になっているのだった。
こうしたレインボー・マーケティングの失態に止まらず、現在のアメリカは プライド月間にも関わらず、 共和党保守派が多いレッド・ステーツが トランスジェンダーやドラッグ・クイーン・パフォーマンスを取り締まるLGBTQ差別法案成立に動いている真っ只中。 これを共和党の先陣を切って行っているのが、2024年大統領候補でフロリダ州知事のロン・ディサンティス。 国際政治やグローバル・エコノミーに弱いディサンティスが、大統領選を戦うポリシーとして打ち出しているのは 移民受け入れ拒否に加えて、アンチLGBTQや人工中絶違法を含む カルチャ―・イッシュー。
特にLGBTQ問題に関しては、「我が子がゲイになっては困る」という親達の感情を上手く利用し、フロリダで法令化した「Don't Sat Gay」法を全米に拡散するのが ディサンティスが選挙で掲げるスローガン。 無党派層、リベラル派のリアクションは別にして、現段階で共和党保守派には大きくアピールしているのが 彼のアンチLGBTQスタンス。
今週、マイク・ペンス元副大統領らが加わり 計10人となった共和党大統領候補者中、トランプ氏に次いで2位につけるロン・ディサンティスは、 機密書類持ち出しを含む訴追問題が毎日のように報じられるトランプ氏との支持率格差を着実に縮めつつあるのだった。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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