May 1 〜 May 7 2023
銀行危機に拍車を掛けるアップル、ストライキ、初のAIヒット曲、Etc.
大企業の大量レイオフが伝えられる中で 金曜に発表されたのがアメリカの4月の雇用統計。それによれば予想を上回る25万3000の新たな仕事が生み出された結果、
過去60年で最低レベルの3.5%に下がっていたのがアメリカの失業率。
そんな状況とは裏腹に、週明け早々に伝えられていたのが、破綻寸前と言われていたファースト・リパブリック・バンクが、遂にFDIC(連邦預金保険公社)の管理下に置かれ 事実上倒産したニュース。
これによってファースト・リパブリック・バンクは、3月に破綻したシリコン・ヴァレー・バンク(以下SVB)を抜いて米国史上2番目に大きな銀行の破綻かつ、2023年に入って3件目の銀行破綻となったけれど、
その途端に報じられたのがファースト・リパブリック・バンクがJ.P.モルガン・チェースに買収されたニュース。
SVB破綻時に既に危機的状況を迎えていたファースト・リパブリック・バンクに対してはJ.P.モルガンを含む大手10行以上が
資金投入を行い、一時は危機回避が伝えられていたのだった。しかしその後もヘッジファンドによるショート・セリングのターゲットになった同行の株価は下がり続け、先週から伝えられていたのが破綻秒読みの危機説。
J.P.モルガン・チェースは、過去にも米国史上最大の破綻銀行 ワシントン・ミューチュアル、2008年の金融危機の際に破綻したベア・スターンズと、
大手破綻の度に その救世主としての買収により、確実に規模と資産を拡大してきたけれど、今回のファースト・リパブリック・バンク買収でも同行の資産は買い取っても負債には責任が無いという、願ったり 叶ったりの条件。
ファースト・リパブリック・バンクはマーク・ザッカーバーグに代表されるシリコン・ヴァレーの富豪とIT企業の御用達バンクであることから、J.P.モルガンはこの買収によって これまで弱かったシリコン・ヴァレーとの関りが大きく強化されたのに加えて、
ファースト・リパブリックの大口顧客をそのままウェルス・マネージメント・ビジネスに取り込める利点もあり、そんな ”白馬の救世主”を装って
良い事尽くしを手に入れた様子には、金融業界からもメディアからも 皮肉交じりのリアクションが聞かれていたのだった。
アップルが中小銀行の危機を更に追い詰める!?
ファースト・リパブリック・バンクが破綻をした2日後に、世論の反対をよそに0.25%の利上げに踏み切ったのが連邦準備制度理事会のパウエル議長。
経済アナリストの中には「今回の利上げのせいで、更に100行以上小規模バンクが危機的状況に追い込まれた」という声も聞かれたけれど、
実際にアメリカの中小規模の銀行は、経営悪化の中、ショートセラーのターゲットになって大きく株価を下げる毎日で、その経営を守るために2008年のファイナンシャル・クライシスの時同様に、暫しショート・セリングを禁止するべきという声が上がるほど。
今週には共和党の下院議員が「今の金融・銀行システムは、正当なビジネスを装った 洗練された詐欺」と批判する一幕も見られたけれど、
金融業界関係者から アメリカ国民までもが しっかり把握していないのが、中小規模の銀行が如何にアメリカの国内経済にとって重要な存在であるか。
アメリカには4800もの銀行が存在し、大手と見なされるのはそのうちの僅か25行。残りの4700以上の中小銀行が担っているのが 商業不動産ローンの67.2%、住宅ローンの37.5%、クレジットカード・ローンの27.4%、自動車ローンの15.2%、
アメリカ国内の全てのローンの37.6%。
また従業員100人未満の中小企業に対する融資の70%を担っているのが資産総額2500億ドル未満の中規模銀行。残りの30%を担っているのが資産総額100億ドル未満の小規模銀行。
中小銀行からの融資が頼りの中小企業は、民間セクターの雇用の35%を担い、国民総生産の25%を担う存在。
そんな中小銀行にとって、金利上昇は貸し渋りをせざるを得ない状況と、貸し出したローンの返済が滞るリスクを同時にもたらすもの。
そして中小銀行が融資を渋れば、途端に資金繰りに追われるのがアメリアの中小企業。
大手企業であれば金利上昇によるコスト増大を大量レイオフによって凌げるのに対して、中小企業や既に経営難に追い込まれた大手企業にとっての高金利時代は まさにサバイバル・ゲーム。
アメリカではここへ来て、大手ブライダル・メーカーで かつてヴィラ・ウォンの規制ウェディング・ドレスのライセンスを持っていたデイヴィッズ・ブライダル、IKEAやアマゾンがビジネスを拡大する前には
誰もが家具や日用品調達に足を運んでいた”Bed Bath & Beyond / ベッド・バス&ビヨンド”、
マライア・キャリー等を始めとするセレブリティ・スポークスパーソンを起用し、過去40年に渡ってダイエット・ビジネスの中心的存在であった”Jenny Craig / ジェニー・クレイグ”等、経営難が伝えられていた大手ビジネスが
次々と倒産に追い込まれている状況で、その事態は現在の高金利と密接にかかわっているのだった。
そもそも中小銀行は、3月にシリコン・ヴァレー・バンクが破綻した直後に 利用者が同様の破綻を恐れて 僅か1週間に 総額1200億ドルの預金が引き出されたことが報じられ、
かつてないほどに資金力が弱まっている状況。それに更に追い打ちを掛けるように登場したのが、アップル社のハイイールド・セイヴィング・アカウント。
これはアップル社がゴールドマン・サックスと提携した新サービスで、同社のアップル・カードを所持する人だけが利用できる年利4.15%の預貯金口座。
現在アメリカの普通預金口座の平均利回りは0.39%。1000ドルを入金しておいた場合1年間で得られる利息は僅か3.9ドル。これに対してアップルのハイイールド・セイヴィング・アカウントは41.5ドルの利息が付くので、
1万ドルの預金であれば1年間で376ドル、10万ドルの預金額の場合は3760ドルも余分に利息が付く計算。
アップルの口座はアイフォンを通じて1分で開設できる手軽さ。しかもアイフォン・ユーザーはアンドロイド・ユーザーよりも裕福であることから、
バンク・サービスのターゲット層としては理想的と言われるのだった。
実際に その高利回りが好感されて、同サービスがスタートしてからの僅か4日間に開設された口座数は何と24万件。総額約10億ドルの預金を集める好調な滑り出し。
ちなみにパートナーであるゴールドマン・サックスも、同社の個人向け銀行部門、マーカスがアップル口座がスタートする以前から年利3.9%を提供してきたけれど、
こちらは ゴールドマンという企業イメージが一般消費者にはアピールしないとあって、少なくとも現時点ではゴールドマンの経営の足を引っ張る赤字部門になっているのだった。
こうした新しいバンキング・サービスや、昨今価格を上げているゴールド等の投資対象は 先行きに不安がある中小規銀行から確実に預金を奪っていくもの。
とは言ってもタイトな経営を強いられているのは大手銀行も同様で、バンク・オブ・アメリカは先月4000人のレイオフを発表。今週にはモルガン・スタンレーも昨年12月の1600人の解雇に続いて、更に3000人のレイオフを発表。
大手銀行も暫し利益が見込めない部門をあっさり縮小する姿勢を見せており、企業の母体は安定していても 従業員の仕事が安定するとは限らない様相を見せているのだった。
ハリウッドのライター・ストライキの要因とインパクト
今週火曜日からストライキに入ったのが1万1000人のメンバーから構成されるライター・ギルド・オブ・アメリカ(以下WGA)。
彼らがフィーの値上げと仕事の保証を求めて交渉している相手はAMPTP(映画TVプロデューサー協会)で、
ストライキが起こったのは15年ぶりのことで、ストライキ中は夜のトークショーやドラマ、「サタデー・ナイト・ライブ」のようなバラエティ・ショーが全て過去のエピソードの再放送になり、
前回、100日間続いたストライキでハリウッドが被った損失額は10億ドル。
今回も一向に双方が歩み寄りを見せないことから長期化が予測されているけれど、「15年前の方が今よりも遥かにダメージが少なかったはず」と言えるのは、まず今のようにストリーミングが普及していなかったこと。
加えて当時はライターが必要ない リアリティTVの人気がまだまだ高かったことから、ストライキ中でもリアリティTVの放映と撮影が続行出来ていたのだった。
しかし今では、ネットフリックスに加えてアップルTV+、ディズニー・プラスに代表されるストリーミング・チャンネルが増えたのは周知の事実で、ライターの仕事が益々収入に見合わない激務になったのは
そんなストリーミング・サービスのためのプログラムをスピーディーかつ安価に製作する風潮が高まったため。
その結果、プロダクション・コストを落とすためにライターのフィーが上がらない、逆に下がって行く一方で、エグゼクティブや主演俳優等の上層部だけが大儲けという 大きな格差を生み出したのが現在のハリウッド。
今回ライターズ・ギルドが要求しているのは、そんな多額の利益の2%という極めて常識的なシェアと、チャットGPTに代表されるAI導入からライターの仕事を守るための保証。
見方を変えれば、この程度の言い分も通らないまま仕事を続けるのは、WGA所属のライターにとって 飼い殺しの奴隷扱いを受け入れるような状況。
もしストライキが長引いた場合、ストリーミング・チャンネルで圧倒的に有利になるのはストック・プログラムが多く、外国で製作される番組を多数持ち込めるネットフリックス。
アップルTV+、ディズニー・プラスはネットフリックスに比べて歴史が浅い分、ストック・プログラムが少ないことから、ストライキが3ヵ月続いた場合、新しい番組の発信が出来なくなることから、
せっかく獲得したビューワーをネットフリックスに奪い返されることが見込まれるのだった。
現時点では年末まで続いても不思議ではないと言われるのがWGAのストライキで、そうなった場合、人気番組の秋からの新シーズン・スタートが遅れるのはもちろん、
来年公開される映画のラインナップにも大きな影響が出ることが見込まれているのだった。
初のAIジェネレート・ヒット曲で、音楽業界が騒然!?
前述のハリウッドのライター・ストライキでもAIが脚本を執筆する時代が訪れることが危惧されていたけれど、アートの世界では既にAIが優秀な作品をクリエイトし、それに高額の値段が付くようになって久しい状況。
そんな中、つい最近TikTok、スポティファイでヴァイラルになったのがドレークとウィークエンドがコラボしたヒット曲 "Heart on My Sleeve / ハート・オン・マイ・スリープ"。
でも実際にはこれはAIジェネレートのドレークとウィークエンドの音声のコラボで、クリエーターは ”ゴーストライター997”を名乗る人物。
これが史上初のAIジェネレートのディープ・フェイク・ヒットになったことから、今週にはメイン・ストリーム・メディアでもこの楽曲が大きく報じられていたのだった。
これまでにも個人の話し声を オバマ、トランプ前大統領やマイケル・ジャクソンらの声に変換してしまうヴォイス・チェンジャー・アプリは一般的に出回っており、
中でも人気の”セレブリティ・ヴォイス・チェンジャー・パロディ”は、リストされた何十人ものセレブリティにリアルタイムで声が変換できるアプリ。
残念ながら同アプリは現在、英語にしか対応していないものの、喋りだけでなく、歌声にも対応している優秀さ。
でも昨今 アリアナ・グランデ、ドレーク、ブラック・ピンクといったアーティストのAIカバーや、ヴァーチャル・コラボに用いられているのは歌唱専門に開発されたアプリで、
既にファンでさえ それがリアルかフェイクか識別が難しい完成度の高さ。
当然の事ながらこれに強い懸念を表明しているのがレコード会社側で、知的財産権の侵害、楽曲のプレゼンテーションによっては詐欺罪も適用されるとして抗議。
しかし今時の音楽は、オリジナルのアーティストの歌声もテクノロジーによって加工してレコーディングするケースが多いのは周知の事実。また歌声には特許も商標も存在しないことから、
特定のアーティストにそっくりな歌声をクリエイトしても法的には問題が無いのもまた事実。
要するに、オリジナル・アーティストの作品と偽らない限りは、AIが特定のシンガーに似た歌声をクリエイトしても法的な問題は生じないというのが現時点の解釈なのだった。
それよりも、音楽業界では「AIが未来のヒットメーカーになる」と見る声が多く、実際に楽器も弾けず、歌も歌えず、音符も読めない人がキーボードとマウスで、簡単に楽曲を仕上げることが出来るのが現在。
例えばグーグが開発した ”ミュージックML”は 「メディテーションをするような、穏やかでピースフルな音楽。ギターとフルートがフィーチャーされたスローで落ち着ける音楽」、「アップビートなヒップホップで、男性のラップと女性の歌声、エレクトロニックなドラム・ビートをフィーチャーし…」等とテキストを入力するだけで、AIがその指示通りの音楽をクリエイトして聞かせてくれるアプリ。
また”シンセサイザーVスタジオ” というアプリになると、既にAIシンガーが数人用意されていて、歌詞をテキストで打ち込むと 自分が選んだシンガーがそのテキストを、自分が選んだキーで歌ってくれる仕組み。
フレーズの長さやキーの高さをキーボードで調整することで、ゲーム感覚で作曲とレコーディングが同時に出来てしまうのだった。
AIテクノロジーがここまで来ているだけに、今後レコード会社は 契約金も要らず、スキャンダルのリスクも無いミュージック・メーカーがヒットを出してくれた方が有難いという立ち位置に変わって行くことが見込まれるけれど、
現在はソーシャル・メディアやミュージック・ストリーミングによって、前述の”ゴーストライター997”のようにレコード会社と契約をしなくてもヴァイラル・ヒットが生み出せる時代。
それだけに これまで長きに渡ってミュージシャンの作品から利益を搾取してき来たレコード会社のポジションが弱くなり、インディー・アーティストがようやく
実力に見合った利益を上げられる時代になってきているのが現在。
こうしたかつてのメインストリームの衰退はTV業界、広告業界でも徐々に起こっている現象で、メディアの世界全般で ”大手”と呼ばれてきた存在の衰退が今後更に顕著になると見込まれるのだった。
来週、再来週の2週間は、執筆者旅行中につき、誠に勝手ながらこのコーナーのお休みをいただきます。次回は5月28日の更新となります。
執筆者プロフィール 秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。 |
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