June 20 〜 June 27, 2022

"The Week of Supreme Court Verdicts"
今週の連邦最高裁、3つの爆弾判決が米国社会に与える影響


今週日曜のNYCプライド・パレードを事実上のフィナーレにして6月のLGBTQプライド月間が終わろうとしているけれど、 ギャロップ・ポールの2022年2月の調査によれば、米国内のLGBTQ人口は160万人。2012年から2倍以上に増えたことになり、 特に多いのはジェネレーションZ世代。5人に1人の割合でLGBTQであることが報告されているのだった。
そんな中、アメリカではゲイ男性のみが感染しているモンキーポックス(サル痘)の症例数が今週には140件に達し、 NY市はそのうちの30人の感染を記録していることから、今週水曜にチェルシーのクリニックでスタートしたのが「性生活がアクティブなゲイ男性」というリスク・グループに絞ったワクチン投与。 初日からクリニックには用意したワクチン数を上回る若いゲイ男性が押し寄せていたけれど、 同じ日に初めてメディアのインタビューに応じたのが 6月7日にNY市初のモンキーポックス感染者として報じられたゲイ男性。
彼の感染源はセックス・パートナーで、症状は風邪と非常に似通っていたものの、猛烈な疲労感に襲われたとのこと。 そしてサル痘特有の発疹については「サイズが大きなものが3つ出た」と語っており、メディアに報じられるような全身の発心ではなかったことを明らかにしていたのだった。



今週の最高裁の3つの爆弾判決


今週の連邦最高裁では、アメリカ社会に多大な影響を与える3つの判決が下されたけれど、 その中で最も物議を醸し、アメリカ社会を大きく変えることになるのは ”Roe v. Wade(ロウ・ヴィー・ウェイド)”として知られる 人工妊娠中絶を合法とした1973年の最高裁判決を 覆した判断。
でもその前に それ以外の2つの判決についてご説明しておくと、まず1つ目は6月21日に最高裁が下した 「宗教学校に対しても公立校同様に国の助成金を与える」という判断。 これは「特定宗教に基づく教育を行う学校に対しては、税金による援助を行わない」というメイン州の法律に抗議して起こされた裁判。 この州法を連邦最高裁が違憲と判断したことは、本来宗教や政治とは無縁で、中立の立場を取らなければならない最高裁が 宗教、具体的にはキリスト教支持の立場を明確にしたこと。 これによって何が起こるかと言えば、「女性は仕事をせずに子供を産んで育てるべき」、「ゲイは神を冒涜する存在」、最悪のケースでは「地球は平ら」で、「人類は神の創造物」という 聖書の内容を含む保守右派の思想が国民の税金を使って子供達に教え込まれること。
既に南部、中西部の保守右派は、学校図書館から奴隷制に関する歴史的書物やLGBTQに関する書物を排除するところまで来ており、 歴史の書き換えに加えて、白人至上主義、超保守キリスト教右派の思想植え付けが行われようとしているのが現在のアメリカ。最高裁は事実上、その片棒を担いだ形になっているのだった。

2つ目の問題判決は、1913年にNY州で制定された「公の場での銃所持に際しては、自衛の必要性を立証してライセンスを取得しなければならない」という法律を、合衆国憲法第二条に定められた 「武器による自衛の権利」に反するとして覆した判断。 NYはこれまで他州に比べて極めて銃犯罪が少なかった州であるけれど、それはこうした厳しい法律によって公の場での武器所持が禁じられ、それを警察が取り締まることが出来たため。 ところが それを、半自動小銃も存在せず、銃乱射事件も起こらなかった時代に制定された合衆国憲法第二条の「本質と伝統に立ち返る」という意見文と共に覆したのが最高裁。
これからのNYでは 所持している銃を取り出す、もしくは使用するまで 警察が取り締れなくなっただけでなく、 今後も 様々な銃規制法が最高裁によって違憲と判断される可能性を示唆したのがこの判決。
時を同じくして米国上下両院では今週、21歳以下の銃購入者のバックグラウンド・チェックの強化、ドメスティック・バイオレンスの前科者による銃購入禁止、 精神に問題がある人々から銃を没収するレッドフラッグ法、及びメンタル・ヘルスへの取り組み強化のための助成金を含む 銃規制法案が30年ぶりに可決され、土曜日にバイデン大統領が署名したばかり。 多くの犠牲者を出してようやく辿り着いた銃規制であるものの、これが最高裁の保守派判事6人の判断によって、あっさり違憲扱いされる日が来ても 全く不思議ではないのだった。



人工中絶違憲判断、企業の対応


金曜にアメリカ国内だけでなく世界的に衝撃を与えたのが最高裁による人工中絶違憲判決。
21世紀にこれほどまでに時代に逆行した判決が下されるとは思ってもみなかった人々は多かったけれど、 最高裁が「中絶の権利は憲法で保障されない」という判断を下したことで、その日のうちに中絶に関する決定権が委ねられたのが州政府。 既に中絶に厳しい規制をしていた南部、中西部のレッド・ステーツ(共和党支持州)では、 トリガー法と言って、最高裁が中絶を違憲にした途端に効力を持つ中絶禁止の法律が制定されており、 その影響で判決直後から9州で人工中絶が違法になっているのだった。 そのため一部の州のクリニックでは中絶手術を待っていた女性達が、そのまま送り返される事態が起こっていたという。

当然のことながら、判決直後からの最高裁の周囲、及び全米の大都市ではこれに猛反対する人々の大規模な抗議活動と、 これを大歓迎する保守右派のグループのセレブレーションが見られたけれど、人工中絶はアメリカ国民の約60%が合法であるべきと支持していたもの。 トランプ政権誕生によってアメリカ世論が二極化したとは言え、人工中絶に関してはそれを支持する国民のマジョリティは明確になっていたのだった。

この中絶違憲判決により、上右の図にあるように共和党支持者が多いレッド・ステーツ、26の州で中絶が違法、もしくは一部の例外を除いて違法になるけれど、 出産可能年齢の米国人女性のうち 4分の1が暮らしているのがこれらの州。 その女性達が中絶手術を受けるためには仕事を休み、旅費を支払って 平均320キロ離れた州に出かけなければならず、これは貧困層の女性には不可能なタスク。 そして貧困のマイノリティ層ほど経済的に子供を育てられない理由から中絶を受ける傾向が顕著。 
中絶を違法にする州の議員や州知事は「女性や子供をサポートするシステムは整っている」とは言うものの、実際にはこれらの南部・中西部の州は長く続いた財政難がパンデミックで更に悪化した状況。 貧困層の子供の教育、及び里子システムが崩壊しているだけでなく、出産クリニック不足で母体に安全な出産さえ保証されていないのだった。

判決を受けてジャネット・イエレン財務長官は 「中絶の合法化は女性の労働参加の増加に繋がり、逆に違法化は女性を貧困に追い込み、公的扶助が必要になる確率を高める」と 語っているけれど、事実 2020年の段階でアメリカ国内のシングル・マザー世帯の貧困率は38.1%。これがティーンエイジ・マザーになると 63%が社会的援助無しでは暮らせない貧困状態になっているのだった。

その一方で5月に最高裁判決ドラフトが漏洩した時点で、テスラ、スターバックス、エアBnB、ネットフリックス、JPモルガン・チェース、ペイパル、リーバイスといった企業が 中絶を違法とする州に住む女性従業員に対して、手術を受けるための旅費を負担することを発表。 金曜の判決を受けて、ゴールドマン・サックス、ディズニー、コンディナスト、フェイスブックの親会社メタ等がそれに加わっているけれど、これらの企業はあえて声明を出すのを避けて 保守派とリベラル派の対決に巻き込まれないポジションを保っており、旅費負担の理由についても中絶権利の支持というよりも、 「社員に平等な健康保険を提供するため」という大義名分を掲げているのだった。
とは言ってもテキサス州は、社員に中絶旅費を支給する企業に対して罪を問う法案を纏めようとしており、 ルイジアナ州にいたっては、中絶手術を受けた女性に対して殺人罪を適用する法案を掲げているような状態。 昨今のアメリカでは、大企業が税金の安い州に本社を移す傾向が顕著で、テスラが本社を移したテキサス州オースティン、テネシー州ナッシュビル、 フロリダ州マイアミなどは企業本社がどんどん移転している街。 しかし今後これらの州がこぞって人工中絶違法、もしくは殆ど中絶が受けられない状況になることは 女性の人材、及び女児が居る父親の人材確保が難しくなるということ。
それでだけでなく中絶違憲判決は大学進学の際のチョイスにも影響を与えることが見込まれ、 人工中絶違法の州に娘を送り込むのもリスキーであるけれど、息子が交際相手を妊娠させた場合にも、生まれた子供が18歳になるまで養育費を支払うことになるのだった。



それでも人工中絶は減らない!? その後に控える避妊、同性婚の違憲化!?


CDC (疾病予防センター)の調べによれば、2020年の段階で全米で行われた人工中絶の総数は93万件。 人工中絶反対派は、違法化によって今後はこの数が50%は減るという見込みを明らかにしているのだった。
でも専門家の見積もりでは実際に減る合法的な中絶は13%程度。 逆に増えると見込まれるのが 俗に言うモーニング・アフター・ピル、すなわち性交渉の直後に摂取する中絶ピルの使用。 中絶ピルは既に違法にしている州があるものの、インターネットで注文が出来て 郵送されて来るので 取り締まりはほぼ不可能。 危惧されるのは違法クリニックでの中絶が増えることで、人工中絶支持派のシンボルになっているハンガーは、 中絶が合法になる前の時代に 女性が自らハンガーを使って胎児を掻き出す中絶を行い、時に死に至っていた悲劇を繰り返さないように という意味を込めたもの。

人工中絶反対派は、「これまで命の尊さを主張出来なかった胎児の命が守れる」と最高裁の判決を大歓迎していたけれど、 奇しくも人工中絶を違法にする州は全て現在も死刑を行っている州。 アメリカでは50州のうち28州が現在死刑を行っており、そのうちの26州が 胎児の命の重要さを訴えながらも、 冤罪の疑いや 不当判決の署名運動が起こっている死刑囚の裁判やり直しを却下しては、死刑を執行しているのだった。
それとは別に今週、共和党保守派以外の誰もが感じたのが、今の連邦最高裁が法の公正さよりも 判事の政治思想を反映させた裁きを行っているということ。 そのため判決後のソーシャル・メディア上に溢れていたのが、「今の最高裁は Extension of Repulican(共和党の延長機関)になり下がった」という批判や失望のコメント。
そして人工中絶の違憲が、そんな保守派判事達の政治的目的の一部に過ぎないことを立証したのが、 最長任期の黒人判事で、就任時にはセクハラ疑惑で大揉めした過去を持つ クラレンス・トーマスによる「避妊や同性婚についても見直す時期が来ている」と耳を疑う意見書。
共和党右派と最高裁が一方的な保守派を進めようと勢いづく中、民主支持者、リベラル派、そして 超右寄り傾向を危惧する共和党支持者の間では、最高裁制度に対する不信感が過去に無いほど高まっており、 「”Roe v. Wade(ロウ・ヴィー・ウェイド)” は中絶合憲判決であると同時に、(その覆しが)最高裁制度を崩壊に導いた判決として知られるようになるだろう」と 予言する声さえ聞かれていたのが今週末。
バイデン大統領を含め、民主党の政治家は中絶違憲問題を 秋の中間選挙最大の争点に掲げて、票獲得を狙っているけれど、 この判決を現状のシステムで覆すのはあまりに遠い道のり。 それを目指す間に 避妊や同性婚の合憲まで危ぶまれるようなことがあれば、 本当に最高裁制度が崩壊しても不思議ではない訳で、万一そうなればアメリカ合衆国が1つの国家として存在することが極めて難しくなるのもまた事実なのだった。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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