Nov. 16 〜 Nov. 22, 2021
サンクスギヴィング・インフレ 、引き続きの辞職ラッシュ、そして問題の判決…
今週末から既にスタートしているのが、来週木曜のサンクスギヴィング・デイを家族と過ごすために旅行をする人々のラッシュ。
リモートで仕事をしている人が多く スケジュールがフレキシブルであることから、今年はラッシュのピークを避けて出発する人々が多く、
今週金曜から来週の日曜までの10日間に見込まれるアメリカの空港利用者数は1日当たり200万人。これは前年比で100%アップ。
とは言っても大半のアメリカ人の旅行手段は車。今年はガソリン代の全米平均が1ガロン当たり3.41ドルと2013年以来の高値であることから、
昨年なら200マイル(360キロ)の走行で17ドルであったガソリン代が 今年は27ドルに跳ね上がっているのだった。
ガソリン代だけでなく 昨今のインフレの影響で 今年のサンクスギヴィング・ディナーのコストは前年比で約20%アップ。
メインディッシュのターキーは前年比で14%の値上がりを見せており、その背景にあるのはターキーの餌であるコーンの値上がりと食肉業者の人件費のアップ。
加えて流通が滞っているため品薄になっているターキーに高値を付ける小売業者が多いのも値上がりの原因。
でも売っていないと 益々買いたくなるのが消費者心理で、品薄なはずのターキーの売上は昨年の今頃に比べて約100%アップしているのだった。
ターキーに添えるクランベリー・ソース缶詰の値上がりは、中身よりもスティール製の缶の製造コストと輸送費がアップしたためで、
ディナーロールのパンの値上がりは小麦価格の上昇によるもの。デザートのパイの価格も同様に小麦粉価格のせいでアップしているけれど、
ケーキ店やベーカリーにとって思わぬ落とし穴になっているのが、パイを入れるボックスが流通の滞りのせいで手に入らないこと。
そのためせっかく小麦粉を含む材料を早めに手配して備えていても、ボックス代のせいで値上げを強いられる店は少なくないと言われるのだった。
史上最多の辞職者数の背景にあるのは庶民のインフレ対策!?
今週発表されたのが9月にアメリカで辞職した人々の数で、8月に続いて400万人を突破した辞職者数は、6ヵ月連続で過去最高記録を更新する440万人。
これは解雇されたのではなく 自主的に仕事を辞めた人々の数で、辞職数が多いのは圧倒的に飲食業を始めとするホスピタリティ系ビジネスと小売業。
これらは来店客にマスク着用やワクチン証明の提出を求めて暴力や嫌がらせを受けるリスク、ウィルス感染リスクがある割には薄給であることから、求人を出してもなかなかポストが埋まらない業種。
先月にも従業員不足で 閉店を余儀なくされたバーガーキングのフランチャイズ店舗が出たことがレポートされていたけれど、NYのお隣のニュージャージー州のカフェは、
ロックダウンによる一時閉店後、業務を再開しようとしても スタッフが従来の給与では生活が成り立たないことを理由に
仕事に戻らず、職場復帰の条件に挙げているのが時給を以前より10ドルアップの25ドルにすること。
アマゾン・ドット・コムにしても 現在はTVを通じて求人広告を行っているけれど、その中で強調されているのが「時給15ドルはスタート段階。アマゾンでは力量やそのエリアの生活コストに応じて
給与を上げています」ということで、数ヵ月前にアマゾンが打ち出した時給15ドルの保証は もはや魅力的でなくなった様子を窺わせているのだった。
今週にはディスカウント・チェーン、ターゲットのシカゴ店の従業員が店内放送で放送禁止用語を交えながら「こんな仕事辞めてやる!」とアナウンスした様子がTikTokでヴァイラルになっていたけれど、
労働環境が悪かったり、労力に見合う給与が払われなければ どんどん従業員が辞めて行くほど買い手市場なのが現在。
辞職者の中にはアーリー・リタイアをする人、自分でビジネスを立ち上げる人も含まれているものの、その多くは別の仕事を見つけて転職をする人々。
事実、9月には650万人が新しい仕事に就いているのだった。
アメリカ全体では労働者の給与は1.2%下落しているものの、転職をした場合は転職前より収入が平均で4.8%上昇すると言われており、
庶民にとって転職はインフレ対策の一環。
10月には31年ぶりにアメリカの消費者物価指数が6.4%上昇したことが報じられたけれど、その原因の一端を担っていたのは
トラック・ドライバー不足による物流システムの乱れ。それを改善するために新たに雇われたドライバーの給与は、以前のドライバーのほぼ2倍になっているとのことで、
前述のサンクスギヴィングの食材の値上がりの一因を担っているのがそんな物流コストの上昇。
すなわち労働者がインフレを懸念して より高額の給与を求めること自体もインフレに拍車を掛ける要因で、
このことはインフレの長期化と共に、企業がAIの導入、及び人件費が掛からないビジネス・モデルへのシフトに向かうことを感じさせているのだった。
全米で大物議をかもした今週の裁判
今週のアメリカでは2つの裁判が大きなニュースになっていたけれど、そのうちの1つが2020年2月にジョージア州でジョギング中に白人親子に車で追い掛けられて射殺されたアーマウド・アーベリー(25歳)の事件をめぐる裁判。
被告は元シェリフの父とその無職の息子に加えて、偶然を装って殺害現場を通り掛かり、親子の無実を立証するビデオを撮影していた親子の友人の3人。
白人親子は近隣で起こっていた盗難事件の容疑者としてアーベリーの市民逮捕を試みて、抵抗されたことからセルフ・ディフェンス(正当防衛)で彼を射殺したと供述したけれど、
親子とアーベリーは 事件の1週間前に口論をしていた様子が目撃され、人種差別による計画的殺害と見られることから注目されているのがこの裁判。
そしてもう1つが、ウィスコンシン州ケノーシャで、昨年行われていたブラック・ライブス・マター(以下BLM)の抗議デモの最中に、AR-15スタイルの半自動小銃でデモ参加者2人を殺害し、1人に怪我を負わせ、
第一級殺人罪を含む6つの容疑に問われていたカイル・リッテンハウス(18歳)に対する裁判。
リッテンハウスは警官に憧れる保守極右派で、昨年のトランプ大統領選挙キャンペーンの最前列に姿が目撃されていたトランプ支持派。
未成年ながら半自動小銃を手に入れた彼は、ソーシャル・メディアでその銃を見せびらかしながら「誰か人を撃ってみたい」と語るビデオがポストされていたものの、それが裁判で証拠として採用出来ないのが
アメリカの裁判制度の不可解な部分。
シカゴの田舎町に住むリッテンハウスがわざわざウィスコンシン州ケノーシャに銃持参でやってきたのは、当時現地で3日連続で行われていたBLMの抗議デモで「怪我人の
メディカル・アシストをして、近隣のストアを略奪行為から守るため」というのが本人が現地メディアに語っていた理由。
しかし半自動小銃を持って立ち向かう姿勢を見せれば、抗議活動者の反発を煽るのは当然の成り行き。
その結果 自分を追い掛けて 物を投げてきたことからリッテンハウスが4発を発砲して殺害したのが1人目の犠牲者。2人目の犠牲者は、その様子を見てリッテンハウスから銃を取り上げようとしたことから射殺され、
怪我は負ったものの生き残った3人目の被害者は唯一 武器を所持していた人物。そのため状況に関わらず彼への発砲は正当防衛と主張されていたのだった。
ちなみに3日間の抗議活動で出た死者はリッテンハウスが射殺した2人のみ。最初は平和的にスタートした抗議デモがカウンター・デモとの衝突でヴァイオレンスに発展してしまったけれど、
抗議デモで市民が抵抗勢力の市民を射殺するケースは銃社会のアメリカでも珍しいケースなのだった。
裁判で自ら証言台に立ったリッテンハウスは、何とも不思議な泣き方を披露しながら 当時の死に瀕した恐怖を語り、自身の正当防衛を主張。
しかしリッテンハウスは事件直後にケノーシャのバーで 白人至上主義者のグループ、プラウド・ボーイズのメンバー達と 未成年でありながらビールを飲み交わし、
自らの武勇伝を語り、彼らと一緒に白人至上主義のフィンガー・サインをしながら記念撮影をする様子が報じられており、この事実も裁判には持ち込めないのがアメリカの司法制度。
実際のところ 白人至上主義者の間ではリッテンハウスはヒーローと扱われる存在で、彼にアメリカでも屈指の敏腕弁護団がついたのはクラウドファンディングで多額の弁護費用が集まったため。
その寄付集めに大きく貢献したのが他ならぬトランプ前大統領で、事件直後にリッテンハウスの正当防衛による無罪をトランプ氏がホワイトハウスのプレスカンファレンスで主張したことから、
リッテンハウスの裁判に持ち込まれたのが分断するアメリカの政治的対立、及び銃を巡る権利や正当防衛の解釈についての対立なのだった。
2人の死者と1人の負傷者は全て白人であったことから、この裁判自体は人種問題とは無関係であるかのように行われたけれど、
事件現場となったBLMのデモは、警官に背中から7発を撃たれて下半身不随になったアフリカ系アメリカ人、ジェイコブ・ブレークに対する警察の過剰暴力に
抗議するもの。当時ウィスコンシン警察では警官がボディ・カムをつけておらず、ジェイコブ・ブレークが2人の警官に暴力を振るわれていたことから 目撃者が撮影したスマートフォンのビデオが
事件を捉えていた唯一の映像。そのビデオでは警官から逃れようとして車に乗り込もうとしたジェイコブ・ブレークに、警官が「ナイフを捨てろ!」と警告した途端に ブレークの背後から発砲されたのが7発の銃弾。
本来なら襲って来ない相手に対しては認められないのが正当防衛であるけれど、「ナイフを捨てろ!」の一言を叫んだだけで警官は不起訴処分。
ナイフは後に車内で発見されたと言われるものの ブレークが手に握っていた訳でなく、全く釈然としなかったのがこの事件。
そのため起こるべくして起こったBLMの抗議活動であったけれど、そのカウンター・デモに 白人至上主義グループと共に参加していたのがリッテンハウス。
裁判所周囲ではリッテンハウスの無罪を求める保守右派と、彼への裁きを求める人々の争いが絶えず、
判決直前の段階からは軍隊が出動して警備に当たる物々しい雰囲気になっていたのだった。
銃を所持しているからこそ認められる正当防衛
裁判のプロセスで武器不法所持の容疑が削除されたことから、リッテンハウスに対する5つの容疑に対する判決が見守られたけれど、陪審員が3日を掛けた審議で金曜に下したのは全ての容疑に対する無罪判決。
これはNYのように銃規制が厳しい州の常識では考えられない判決であることから、金曜夜には大都市を中心に各地で抗議活動が勃発していたけれど、ウィスコンシン州の法律と常識ではこの判決はさほど驚くに値しないもの。
そもそもここまで国民の関心が集まる裁判を司法長官ではなく 検察官が担当したのも リッテンハウスを有罪に出来る勝算が極めて低かったため。
裁判長でさえリッテンハウス側に加担していると思われても仕方ない指示を陪審員に与えていたのがこの裁判なのだった。
そうなってしまうのは 先ずウィスコンシンは ライセンスが無くても誰もが銃を公の場で持ち歩ける ”オープン・キャリー” が合法の州であるため。
したがって「銃で人を撃ってみたい」とソーシャル・メディアで語っていたティーンエイジャーが 用もないのに他州から半自動小銃持参で抗議デモにやって来たとしても、
それが「殺意がある」、「銃を使用しようとしている」とは見なされず、単にその場に居ただけという扱いになってしまうのだった。
加えてウィスコンシン州は「Stand-your-ground law」が認められる全米38州のうちの1つ。
これは「自分の身に危険を感じれば武力を行使する権利が認められ、例え相手を殺害したところで罪を問われない」という
銃所有者にとっては殺人のライセンスとも言える法律。
この法律が認められる州では、例え銃を所持する側が暴力を振るうなどして 武器を持たない人間を挑発した場合でも、
相手が「止めろ!」と叫んで手を振り上げでもすれば 「自分の銃を奪って殺そうとしていると思った」という理由で発砲して 正当防衛が認められ、無罪になることが常識としてまかり通っているのだった。
そのため「Stand-your-ground law」が認められる州の 特に白人ガンオーナーにとっては、自動小銃を持ってデモに参加したリッテンハウスが 命の危険を感じたことを理由に武器を持たない人間を殺害したことは
「正当防衛以外の何物でもない」行為。
ここで問題になってくるのが「Stand-your-ground law」における銃の存在で、自分が銃さえ持っていれば 例え相手が自分より遥かに肉体的弱者であっても、自分の銃を奪って武器にする可能性を理由に
「自分が感じた身の危険」さえ立証すれば正当防衛になってしまうこと。前述のジョギング中に射殺されたアーマウド・アーベリーの事件も、被告が市民逮捕の目的と共に
無罪を主張しているのは、銃を向けられたアーベリーがその銃を掴もうとしたことから発砲に至った正当防衛であるということ。すなわちアーベリーが自分の命を守るために及んだ必死の行動が
最初から殺意があったと思しき人間の正当防衛の立証することになる訳で、
国民総数より銃の数が多いアメリカでは、銃が絡むと世の中全体の常識やモラルが一切通用しないことになるのだった。
リッテンハウスの判決は、その解釈を巡って今後も物議を醸すことになるけれど、現時点では「銃を買ったばかりのティーンエイジャーが人を撃ってみたかったら、BLMなどの抗議デモに行って
参加者を挑発するだけでOK」となる訳で、白人至上主義者が脅しの意味で、そしてリベラル派が警戒の意味で判決後に語っていたのが「今後の抗議活動には大きなリスクが伴う」ということ。
抗議活動など政治的なムーブメントに参加しなくても銃のオープン・キャリーが許され、「Stand-your-ground law」が認められる州では、ウォルマートの店内でさえ
マスク着用を求められて逆切れした来店客が発砲する事件が起こっている訳で、私はそれらの州に銃社会の恐ろしさを知らない外国人、特にマイノリティ人種が訪れるのは危険とさえ考える立場。
でも不思議なのはウォルマートでの発砲で 誰も怪我人や死者が出ていないケースでは、器物損壊等の容疑で発砲者が有罪になるのに対して、
死者や怪我人が出れば 正当防衛で無罪になってしまうこと。
アメリカという国はそもそも車社会で、車を運転することが空気を吸うのと同様に生きるために必要不可欠な手段と見なされる国。
そのためドライバーが青信号で横断歩道を渡っていた歩行者を轢き殺して、その現場を捉えた証拠ビデオがあったとしても無罪になってしまう国だけれど、
銃社会の恐ろしさは そんな車社会の恐ろしさや理不尽さの比ではないと言えるのだった。
来週はサンクスギヴィング休暇中につき、このコーナーはお休みを頂きます。 次回更新は12月1週目となります。
執筆者プロフィール 秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。 |
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