秋山様、
いつもためになるコラムをありがとうございます。他のメディアよりもアメリカの現状が良く分かって助かっています。
キャッチ・オブ・ザ・ウィークのツイッター買収についても大変参考になりました。
それを読んでいるうちに不思議に思えて来たことがあります。
私はイーロン・マスクはテスラの電気自動車の開発で環境問題に取り組んでいますし、今はテキサスに移ったとは言え、もともとはシリコンヴァレーの
テクノロジー会社ですので、彼の思想が民主党寄りのリベラル派だと思っていました。
ですが、ツイッターの買収劇などを見ていると共和党寄りの保守に思えてきます。
過去にいろいろ女性蔑視を含む差別的な発言等もあったようで、そういうのも保守派っぽくて、リベラル派だったら発言しない内容だと思うので
やはりこの人は実は保守派だったのだろうかと思うようになりました。
アメリカでは実際にはイーロン・マスクの政治思想はどんな風に捉えられているのでしょうか。
もし保守であった場合、ツイッターのような会社を買収した場合、ツイッターがどんな風に変って行くと思われますか?
ツイッターは日本でも影響力が大きなメディアなので、マスクが経営した場合の展開が少なからず気になっています。
日本には無い視点でコラムで説明して頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
- M -
今回はタイムリーな話題だったので、Mさんからのお問合せをこのコーナーで取り上げさせて頂きました。
イーロン・マスクはツイッターの買収劇の最中に上のビジュアルをツイートしました。
イーロン・マスクは少なくとも2018年までは リベラルでもコンサバティブでもなく、民主でも共和でもないことを宣言していて、周囲からはリベラル寄りのインディペンデントと見られていました。
しかし上のビジュアルで彼が言わんとしていることは、自分のポジションは全く変わっていないものの 世の中がリベラル派に引っ張られて左に寄って行き、
WOKEカルチャーで更にそれが顕著になった結果、自分が同じ考えを貫いていても 右寄りになってしまったという状況です。
彼に限らず2017~2018年を境に、政治コメンテーターや実業家を含む多くの権力や発言力のある男性が右に寄る傾向が見られました。
この時はトランプ政権下で MeTooムーブメントが大きく高まり、ハーヴィー・ワインスティンから、NBCのトップ・アンカーであるマット・ラウラー、CBSのチャーリー・ローズ、その他大勢の
ハイポジションにあった男性がレイプを含むセクハラで地位を追われた時でした。既婚者男性が若い女性に言い寄る行為や性的なジョーク、女性蔑視発言にも世の中が厳しくなったのを受けて、
それまでリベラル派だった男性の中に 「レイプくらいで男の将来が奪われてたまるか」という思考がまかり通る 保守に傾倒する人々が増えたのは紛れもない事実です。
その典型例と言えるのは HBOでポリティカル・トークショーをホストするコメディアンのビル・マーで、彼はモラルやポリティカリー・コレクトネスに厳しいミレニアル世代のことを
「繊細過ぎて、どうでも良いことで大騒ぎをする ”スノーフレーク・ジェネレーション”」と馬鹿にして、この段階からすっかり右寄りになって行きました。
その後LGBTQの社会的権利が認められ、2020年からはブラック・ライブス・マターの抗議活動による人種問題への意識が高まったことから、
世の中は性差別、人種差別にどんどん厳しくなり、やがては過去のゲイ蔑視ツイートや、黒人蔑視のNワードを語る様子を収めたビデオ、
白人が顔を黒く塗って黒人を装うブラック・フェイス等、未だゲイ&人種差別の意識が低かった時代の行動や言動の掘り起こしが行われるような風潮まで高まって来ました。
そのためポリティカリー・コレクトのWAKEカルチャーが行き過ぎと感じた人々、特に後ろめたい過去がある人の間では その風潮に反発して保守派の肩を持つ傾向がどんどん顕著になってきました。
イーロン・マスクもその破天荒な性格から 過去に女性やゲイの蔑視ツイートを行い、
2018年にはタイの洞窟に閉じ込められた少年サッカー・チームを自分が救出手段を送付する前に助け出したダイバーに対して ”Pedo (児童性的虐待者)”とツイートするなど、
数々の問題発言で批判を浴びて来た存在ですので、現在のWAKEカルチャーにはウンザリしていた1人です。
特に2021年1月6日の議会乱入以降、保守派による陰謀説への取り締まりを強化したツイッター、グーグル(YouTube)、フェイスブックに対して 言論統制だと批判を繰り広げてきました。
加えてマスクは2018年に「テスラ株を420ドルで買い取ってプライベート企業にする」とツイートしたことから、SEC(証券取引委員会)に「株価を意図的に操作した」と訴訟を起こされており、
現在法廷で闘っている真最中で、政府機関と言論統制に対するネガティブ感情は一層高まっています。
さらに言えば テスラが本社と工場をテキサス州に移す原因となったのは、民主党が強いブルー・ステーツであるカリフォルニア州政府から テスラ社への優遇措置を取り付けることが出来なかったためで、
この時に民主党への不信をつのらせたのは紛れもない事実です。
ですが、テスラが工場を移したテキサス州オースティンはレッド・ステーツのテキサスの中にあってリベラル派が強いブルー・エリアで、テキサス州は今後人口の流入によって
徐々にレッド・ステーツのステータスが揺らぐことが見込まれる州でもあります。
それとは別にイーロン・マスクは2016年から元モルガン・スタンレー上級副社長、ジャレッド・バーチャルと共にコンピューターと人の頭脳を結び付けるニューロリンク社を設立。
バーチャルがそのCEOを務めていますが、2018年頃から彼がマスクの右腕となって個人資産の管理から、今回のツイッターの買収のアレンジまでを一手に引き受けていることで知られています。
現在マスクに対して最大の発言力と影響力を持つバーチャルは完全な保守派で 本人はツイッター・アカウントを持っていませんが、ツイッターのセンサーの不当性をマスクに訴えたのも彼と言われ、
買収成立後にはツイッターから追放処分となった保守派にアカウント再開を約束していたことも伝えられています。
したがってイーロン・マスクが保守に傾倒して行くお膳立ては2018年を前後に様々な形で整っていたのは紛れもない事実です。
またスポティファイが独占配信する人気ポッドキャスター、ジョー・ローガンのショーに出演してマリファナを喫煙しながらトークをするなど、
マスクの型破りな行動を支持するのも もっぱら保守派です。モラルやポリティカリー・コレクトさに縛られない、身勝手や理不尽がまかり通る昔ながらの強い男性の復活を望む保守派にとっては、
イーロン・マスクはトランプ大統領に通じる彼らが支持すべき男性像であり、保守派はマスクにとって何を言おうと、何をしようと彼を支持する根強い支持層として認識されているのです。
イーロン・マスクは先週、ツイッター経営の手始めに社員1000人を解雇すること、広告収入に頼らない運営とフェイク・アカウント除去のために
ユーザーが1ヵ月3ドルを支払うサブスクリプション制度導入を示唆。加えて新たな出資パートナーを迎えたことを発表しました。
その顔ぶれは元オラクルCEOでテスラの取締役員でもあるビリオネア、ラリー・エルソン、クリプトカレンシー大手取引所のバイナンス、
ヴェンチャー・キャピタル大手のアンドリーセン・ホロウィッツ等で、このメンバーからツイッターが今後クリプトカレンシーによる送金システムを導入し、それを収入源にする可能性が高まったと言われます。
同時にマスクは昨年50億ドルであったツイッターの売上を 2028年までに264億ドルに伸ばすという強気のプランも打ち出しています。
運営方針としては買収前から掲げて来た「アルゴリズムを公開した”フリー・スピーチ”」と更なるテクノロジーの導入を謳っていますが、
ツイッター社はシリコンヴァレーの中にあって、最もWOKEカルチャーが強かった企業。それだけに社内ではマスクの買収話が持ち上がった段階で、既に社員の反発が極めて強かったことは
メディアで大きく報じられてきた通りです。
買収成立直後にはそんなアンチ・マスク勢力によるサボタージュを防ぐために システムのアップデートを禁じられたほどで、マスクによる1000人の従業員解雇はコスト削減と見せ掛けて
自分に反発するWOKE社員を徹底的に除去する手段と見られています。その一方で 社内スタッフが最も危惧している
暴力、ポルノ、児童虐待等の反社会的なコンテンツや、陰謀説や誹謗中傷への対応や対策は 現時点で一切マスクの口からは語られていません。
ツイッターは2022年の段階で、アクティブ・ユーザーが全世界で1億9000万~2億600万人と言われ、
Whatsapp、インスタグラム、フェイスブック、WeChat、Douyin、TikTokに次ぐ世界7位のソーシャル・メディアです。
アメリカでは成人の4人に1人が利用し、女性ユーザーは30%と少なく、ユーザーの42%が大卒。
最も人気が高いツイッター・アカウントは 1億3000万人のフォロワーを持つオバマ元大統領。
2位がジャスティン・ビーバー、3位がケイティ・ペリー、4位はリアーナ、5位がクリスティアーノ・ロナウドで、ロナウドの政治的ポジションは定かではないものの、
人気上位がリベラル派で占められていることからも分かる通り、ツイッターはユーザーの65%がリベラル派。Redditに次いで2番目にリベラル派が多いソーシャル・メディア。
保守派の間では トランプ氏がフル活用してきたイメージのせいで「ツイッターは保守派御用達のソーシャル・メディアで、にも関わらず保守派を取り締まっている」 と思われがちであるものの、
実際は全く異なるのが実情です。
逆に保守派が最も多いのはフェイスブックで、46%のユーザーが共和党&保守派。
Qアノンの陰謀説を最も広めたのもフェイスブックで、トランプ氏を大統領選挙当選に導いたロシアのプロパガンダもフェイスブック上で最も広まったことが明らかになっています。
事実、グーグルがオバマ大統領を生み出したのと同様に、トランプ氏はフェイスブックのサポートで生まれた大統領です。
その背後で糸を引いていたのが超保守派VC(ヴェンチャー・キャピタリスト)のピーター・ティール。
フェイスブックの初期からのインヴェスターとして有名なピーター・ティールは、リベラル派が多いシリコンヴァレーのVCの中で 早くから保守路線を打ち出してきた異端的な存在。
しかしゲイである彼は トランプ政権の保守派の間で力を拡大することが出来ず、2020年の大統領選挙ではトランプ支持を打ち出さなかったことは有名なストーリー。
それでも彼は個人的に共和党保守派議員をバックアップし続け、多額の選挙資金を投じており、
彼の影響で数年前からオープンに保守派を打ち出すVCが徐々に増えてきているのが実情です。
このコーナーで何度も申し上げてきましたが、現在世の中は過渡期でこれからどんどん変わって行くと見込まれるのが社会全体。
そしてそのスピードはどんどん速くなってきています。
過去4年ほどでリベラル派のWOKEカルチャーが大きく幅を利かせるようになりましたが、同様に保守派もハイパーなまでの右寄りを見せた結果、ポーラリゼ―ション(二極化)が激しくなったのは周知の事実です。
そんなハイパーな保守派の現状がどんなものかと言えば、
2週間前にはオハイオ州の70歳の共和党女性議員が、レイプや近親相姦を含む中絶を規制する法案審議の中で
「Rape can be an 'opportunity' for young victims to become good mothers (レイプは若い被害者が良い母親になれる機会)」と発言。
一方、ミシガン州で5月1週目に行われた選挙では、保守派共和党候補が遊説中に
「I tell my daughters, "if rape is inevitable, you should just lay back and enjoy it”(自分の娘には ”もしレイプが避けられない状況になったら、そのまま横たわってレイプを楽しむべき”と話している)」と語り、
自分の娘に「父に投票しないでください」と言われて落選。
あるキリスト教大学ではキャンパス内で起こったレイプの犠牲者3人に対して、「もし告発するのならば、神の意に反して婚前交渉をした罪で退学にする」と脅しを掛けていたことが報じられ、
先週にはアリゾナ州の共和党上院議員候補、及びミシシッピーの州知事が「最高裁で人工中絶が違憲になった場合には、避妊も禁止する」意向を示唆。
さらにルイジアナ州では人工中絶を受けた女性に殺人罪を適用する法案が提出される有り様。
超右寄りの保守ぶりは徐々に頭がおかしいというレベルになりつつあり、前述のHBOのポリティカル・ショーのホスト、ビル・マーでさえ
その最新のエピソードで「保守派でいることが難しくなってきた」と語っているほどです。
ツイッターは収益化が下手であっただけで、メディアとしてはユーザー数の割には大きな影響力を持ってきたユニークな存在です。
それに経営的なテコ入れをするのは正しい判断のように思いますが、この二極化が激しい時代に 本来リベラル派のメディアであるツイッターに フリース・ピーチと称してセンサー無しで保守派の意見を大幅に持ち込もうとするのは、
正しいビジネス・デシジョンには思えないのが私の正直な見解です。
特にイーロン・マスクが掲げる”フリー・スピーチ”は各界の専門家が疑問を唱える かなり歪んだコンセプトで、彼の人間性にさほど公正さが認められないことからも それは事実だと思います。
もしツイッターが本当に有料化された場合には、よりスピーディーな形で新たなビジネス・モデルへの審判が下されることになると私は考えています。
Yoko Akiyama
執筆者プロフィール 秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。 |
当社に頂戴した商品のレビュー、コーナーへのご感想、Q&ADVへのご相談を含む 全てのEメールは、 匿名にて当社のコンテンツ(コラムや 当社が関わる雑誌記事等の出版物)として使用される場合がございます。 掲載をご希望でない場合は、メールにその旨ご記入をお願いいたします。 Q&ADVのご相談については掲載を前提に頂いたものと自動的に判断されます。 掲載されない形でのご相談はプライベート・セッションへのお申込みをお勧めいたします。 一度掲載されたコンテンツは、当社の編集作業を経た当社がコピーライトを所有するコンテンツと見なされますので、 その使用に関するクレームへの対応はご遠慮させて頂きます。
Copyright © Yoko Akiyama & Cube New York Inc. 2022.